とある研究授業を観て思ったこと
1.今、研究授業をするなら
新しい授業の形に意識がいっているので、一斉一律の授業を観ても、なんにも感じなくなってしまってきている。提案性について考えてしまう。今の私の場合、研究授業をするのならそこじゃないと思っているからだ。それはもうさんざんやってきたでしょうと思ってしまうんですよね。一斉授業で学んだ学び方を、いかに自分のものにしているか、子どもたちがそれぞれ学んでいる姿が見られるような授業が観たい。一部の子どもが手を挙げて指名されないと自分の意見を言えないような授業は…どうなんでしょう。
もし、あえて一斉一律授業をするなら、完全に一斉授業を良さに振り切っていいのではないか。
2.講義も
研究授業の後の、研究協議や講義も同じだ。「やり方」をもっと工夫してほしい。もっと色々な人の話を聞きたかったのに、ずっと座らされていました。授業と研究協議も入れ子構造で、全く同じ。今までのやり方を捨てて、もっと楽しく対話をしたい。座って、話を聞くだけって、それ、古いスタイルの授業と同じではないか!と思っています。
研究授業のあとに、どんなプログラムにすれば、授業者にとっても参加者にとっても意味のある時間になるか、それをデザインするような仕事がしたい!なんて思いました。
以上、エンチャントでした。