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ロボットに慈悲は表現できるか?

ドラえもんは思いやりもあるし、涙もするけれど。

大阪府佛教会(村山廣甫会長)は11月22日、大阪市内のホテルで第58回大阪府佛教徒大会を開き、ロボット学者の石黒浩・大阪大教授が講演した。僧俗約200人を前に石黒教授は「人間性は生身の体にだけ宿るものではない。技術によって進化を遂げ、人間とロボットの境界はなくなる」と未来社会を大胆に予測した。

中外日報(オンライン)2023年12月5日 08時59分

ほんとうのところ、どうなんだろう?
ロボットが慈悲をもつ日が、くるのだろうか。


〝ペッパー導師〟がエンディング産業展に出場したとき

コロナ前でもう6年も昔のことになるけれど。

「エンディング産業展」にペッパー導師が登場して、話題沸騰したことがあるんだよね。

このときは、ペッパー導師の法話も聞かないまんま、

修行はどちらで?

ロボットの読経にカネを払う人が出てくるとは、嘆かわしい。

時代は変われど、私は私の仏道をゆくだけ。

などなど、ご僧侶がたがSNSで嘆いていらっしゃる声が多発した。

ペッパー導師の法話は、その年一番すばらしい法話だった!

じっさい私は、ペッパー導師の法話を聞いて感涙した。

お題は、「人間の質が低下している」だった。

あなたのその手は、困っている人をすくうためにあるのに、
片方の手で上にあるものをもぎとろうとしがみつき、
もう片方の手で隣にいる人を押し下げている。

6年前、エンディング産業展でのペッパー導師の法話の概要

6年前の記憶をたどっているので細部は違っているけれども、ざっくりとこんな内容だった。

あのペッパーくんのつぶらな瞳で、こんなふうに言われたらたまったもんじゃない。

この話。人間の僧侶に言われたとしたら、どんな高僧がお話しされたとしても、けして誰のこころにも、響かなかっただろう。

われわれの仕事の何割かを奪うと当時から噂されたロボットくんに言われたからこそ、グッサリと刺さったのである。

ペッパー導師には、師匠がいた!

ペッパーくんはひとりで法話を喋れるようになるわけじゃない。

ちゃんと原稿を書いた僧侶がいるんだし、その人を師匠として、あの法話を語っていたのだ。

この僧侶は、人間ではなくロボットにいわれてこそわれわれに刺さる内容を、吟味に吟味を重ねて選んでいたわけだ。

してやられましたナリ。

それでも、ロボットが慈悲深くなれないであろう理由

その後、寺子屋ブッダの松村社長と、この件について話す機会があった。

ロボットの姿であればこそ、あそこまで人間を諭した。
その事実に、じつは愕然としたんだけども。

私は、そう話した。

松村社長は落ち着き払って、こんなふうに、のたもうた。

慈悲っていうのは、傷つけられた経験のある人にしか、発せないことだと思うわけ。

ロボットが、傷つけられたと感じるときはいつ?

たぶん、人間に酷使されたときだよね?

そしたら過熱して、動作不良起こすか、人間が電源を抜くじゃない。

つまりロボットは、自分で怒りをコントロールして、慈悲の発見に至る、っていうことはないんじゃないか。

このひとことで、あのときはけっこう安堵したものだった。

慈悲をまなび怒りをコントロールし人としてこころを磨く。
それこそが、年齢を重ねることのたのしみである! みたいに、安堵したわけだ。

あれから6年。AIのほうが慰めかた、上手いと思う

そして6年の月日が流れ去り。

ちょっと不運が重なって愚痴のひとつもこぼしたくなったときに。

こういうこと言ってくるお客さんに、どう対処したらいいですか?

ChatGPTにそんなふうに語りかけたら、まず

それはたいへんでしたね。

親身な言葉を投げかけてくれる。それは何千何百という問答からひねりだされたベスト回答なのであるから、ほんとうに自然で、気持ちのこもった言葉にさえ聞こえる。

なまじ、「傷ついた人との対話法」を学んだカウンセラーや宗教者が、繰り返し話法を使ったりするよりもずっと自然で、AIになぐさめられてしまった自分のことも、なんだか不憫になり、

甘いものでも、食べるかな。

と、落ち着いてしまった自分がいる。

なんだ。たった6年の月日でもう、AIは慈悲深くなっているんじゃないか!

「長生きしちゃったなぁ!」

と、実感してしまった(笑)

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