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夢現


    まるで錐ではないかと思うような眼をしている。
殺気すら感じて、錐のように細く鋭く冷たい眼をついじっと見てしまう。

切れ長、幅が細いだけで眼そのものは大きい、小さな眼ではないゆえ余計に恐さがある。

誰か、知らない。何を言いたいのか。

「あなたは、うちの息子をたぶらかした。」

はぁ???!!

たぶらかした?たぶらかしたって、誑かす、騙す、、?

「あの~、、私がですか?」

「どうしてくれる!!」

「あの~、、たぶらかすとは?」

「お黙りなさい!あなたは息子をたぶらかした!」

「お名前を伺っておりません、あなたは、どなたですか?
せめてお名前だけでも、教えて頂けませんか?」

「お黙りなさい!
息子は苦しんでいます、家に閉じこもっています、あなたです、あなたのせいです!」

やれやれ、困った人、何か勘違いをされている。
ましてや、 息子さんの事で来たとすると、親子、少しは母親に似ていたとして、このような錐のような眼の男性は知らない。

社員さんにもいない、下請けさんにもいない、アルバイトさん?アルバイトさんだと顔を合わせていない人もいるかもしれない。

錐のように冷たい鋭い眼で睨み付けている。

誰か応援に来てくれないかな?!まさか、私を傷つけに来たわけではないだろうけれど、社内電話で呼ぶことも出来るけれど、

このような時にかぎって、電話も来ない、いつもボディガードのように私に付いていてくれるブイ君は父と東京に行って留守。

のんきに困ったなぁ!でもないけれど、

お黙りなさい!とは。お黙りなさい!など生まれて初めて言われた。

たぶらかしたなど初めて言われた。

痺れを切らしたように

「まだ大学生、✕✕✕です、あなたの会社で夏休み中アルバイトで、、」

あっ!!珍しい苗字なので、覚えている、

面接をしたのは私。

しかし、顔、いやいや眼は違う、

「あの~、、✕✕✕✕✕✕✕君のお母様でしょうか?
✕✕✕✕✕✕✕君のことはよく覚えています。優秀な息子さんでした。」

ここまで言った時、錐眼の女性はむんずと立ち上がった。

ヒャア~!と声が出そうになるのを、必死に堪えた私。

勘違いはよくある、誤解もよくある、
しかし、閉じこもってしまったとは、
単に誤解、勘違いで済まされもしない。

あー、あ、どうしよう!

いきりたち、覚悟して、熟慮の末に乗り込んできたのだろうから。

そこに、天の助け!
姉から、ピッピラピッピラ着信、

「ちょっと、失礼致します、」

スマホを持ち廊下に出て、姉に困ったさんの話をする、、早口で。
ランチ一緒にしない?と電話かけてきた姉は会社のビル1階ロビーにいた。
姉が天使に思えた。

部屋に戻り、少しするとドアをノックして、姉が。

「✕✕✕様、私はこの子の姉です。
お話、私が伺います。
きっと✕✕✕様は誤解なさっていらっしゃる、、」

✕✕✕さんは、姉の美しさか姉の透明な美しいゆったりした声にか、ぼお~とした表情になり、冷たく尖っていた視線が揺らいだ。

姉は、私が既婚者であることや、幼く見えるけれど、息子さんより随分と年長であること、恋心とは無縁の人間で趣味は数字、研究も所謂数字。
大学生の息子さんをたぶらかすなどは決してしないはずであると、姉流にゆったり、落ち着いて、ひとつひとつ説明するように、丁寧に話す。

✕✕✕さんは、姉の話を頷きながら聞いているようで、姉を足先から頭の上まで、何度も往復して、眺めている。

この人何なの?いったい何なの?

私は徐々に怒りがわいてきて、口を挟もうとすると、姉は目で私を制する。

「大学をやめたいと仰有っているのですね、優秀なご子息が。それはご心配でしょう、その原因が、妹の存在と仰有るのですね、、それはご子息に直に聞かれたのですね。」

✕✕✕さんは、

表情が和らいだものの、

「勿論です。でなければ、どうしてここに来られますか?」

そこで、私は我慢出来なくなり

「あの~、、私✕✕✕君を面接した際にも優秀な方だと思いました。で、ですが、アルバイトさんとは、
その夏休み中のアルバイトですよね、その間、誰とも個人的と言いますか、一対一で、お話すらしたことはありません。」

「知っています。
ですから、たぶらかした!のですよ。
息子はあなたに夢中になったのです。」

えー?!それって何?

ここで姉がまとめてくれました。

冷たい錐のような眼の✕✕✕さんは、納得して、ありがとうございましたと何事もなかったかのように帰って行きました。

姉の人あしらいマジック。

夢現。

姉はとくと、思春期のまた、青年期の恋に恋する、夢現について、、また、親心について話し、
その場で、その✕✕✕君に電話をしました。

世の中には、あなたにふさわしい、素敵な女性が沢山いる。
なにも、私のように風変わりで家族にすら、半ば呆れられている人に憧れるのは馬鹿馬鹿しいことである・・・と。

家に閉じこもるより、外に出てみたら良い、ここ会社にもまた遊びがてら来られたらよい、云々。

決して焦らずに、相手とゆっくりキャッチボールをするように話す姉の説得力には驚いてしまいましたが。

プライドの高い✕✕✕君は、バイトに来た際に数回私に目礼をしたとか、それについて、常にせわせわと焦っている私は気付かなかったようで、

うわ~!!近視で、、そんな、

1人1人の様子まで、見ていないのです、、。

悪は私。そして、人の感情に蓋は出来ない。お黙りなさい!と来てくれたお母様には感謝です。

まあ、いろいろあるとはいえ、

夢現。母は強し。逃げずに、解明しなければ。✕✕✕君、それから数回、社に顔を見せてくれました。目礼に気付かなかった非礼を詫び、✕✕✕君の能力の高さを大切にしてほしい、今後の活躍を期待していると伝えました。

✕✕✕君は元気に大学に通っています。

✕✕✕君は姉から聞いた夢現という言葉が気に入ったようで、その言葉が✕✕✕君の目を醒まさせたようです。

夢現。