レッテルは貼らないように
「扱いにくいったらないの、
見透かされているようで気味悪い、
無口なのよ、言葉が遅れているのかも、
女の子なのに可愛げがないったら」
女の子だから、おしゃべりとも限らないし、我知らずで愛想の悪い女の子がいてもおかしくない、とは、私の考えで。人の心に定番などないと考えている。
こちらがそのつもりで接するので、おおよそ、誰に対しても無関心で口を開かなかった少女は、
追ってくる。私が本でも読もうとすると隣に座って、体を寄せてくる。
キッチンでパンでも焼こうかと、冷凍庫から、クロワッサンの形に成型して冷凍してあるパン種を出してきて、
オーブンに入れる様子をじっと見ていて、
「パン好き」とボソッと。
「お姉さんも好きよ、焼きたてはとっても美味しいの、一緒に食べようね。」
オーブンからバターと小麦が焼ける匂いがもれてくると、
「わぁーっ、いい匂い、」
二人で少しだけ温めたミルクと焼きたてのクロワッサンでおやつタイム。
みぃちゃんは、実はおしゃべりで、幼稚園の先生のことや、やんちゃなクラスメイトの男の子のこと、仕事が忙しいママとパパのこと、好きな絵本のこと、スケートよりスキーが楽しいことなど、沢山可愛らしい声で話してくれた。
子供は知る。大人が振りだけの人か、本当に聞いてくれる人か。
はたまた、子供に対してレッテルを貼るタイプの人か、貼らない人かを。
幼いから、まだ経験が少ないから、まだまだ世の中のこと知らないことばかりだから、だから、知る。大人の気持ちのありかを知る。純粋に見るから、知ってしまう。自分に対して愛情があるかないかを。
扱いにくいという女の子と数時間だけだったけれど接してみて、女の子の周りの環境にいくつもいくつもの問題点が見えてきて。
少なくとも、私は、子供は天真爛漫であってほしい、子供は少しワガママくらいでちょうど良い、泣きたい時は声をあげて泣くべきで、笑って、ぶつかって、転んで、、沢山食べて、しゃべって。そうして、少しずつ大人への長い道を進むと考えているので、子供の精神が幼い頃に抑圧されてしまうのは、ある程度は親の責任でもあるなぁと。
思ってしまった。
ギンガムチェックのワンピース出来上がり。