「生産的失敗」を受け入れるタイプ受け入れないタイプ

『<レポート>今井むつみ『ABLE 生きた知識の学びにおける失敗の役割』から』

生徒たちの学びを「生産的失敗」と「直接授業」とで比較したところ、「計算問題」では成績に差はありませんでしたが、「概念的理解」では約1.5倍、「応用問題」では約1.7倍、「生産的失敗」のほうが高い成績を示しました。

学びにおける「生産的失敗」。これを受け入れるエニアグラムのタイプと、受け入れないタイプがあるように思っています。

私の想像では『統率者』タイプ8は嫌がるだろうなと見ています。タイプ8は白黒ブーリアンな人なので、小難しい教え方は嫌うと思います。「正解だけ言ってくれ」な人です。

以前、タイプ8の新人に失敗させながら学ばせようとしたことがあります。その人を仮にAさんとしますと、Aさんは私にこう言ってきました。「つまり えん☆さんは僕をだましたんですね」。相手がタイプ8だと分かっていたので、ああそういう反応になるのかとは思いましたが、やり難いなあ、とも思いました。

ほかにも以前、タイプ8の上司の元で働いていたときのこと。この上司をBさんとして話します。
Bさんは、あることを学ぼうとしていて一番知っている私によく聞きに来ていました。それで聞かれるたびに私は教えていたのですけど、あるとき私はBさんからこんなことを言われてしまいました。
「えん☆さん。オレはね。一つのことだけ教えてもらえればそれでいいの。解決方法は一つでいいの。でも えん☆さんは『こういうやりかたもできます』『こういう別のやりかたもできます』って全部教えようとするの。オレは教えてもらう立場だから黙って聞いているけど、オレは一つだけ教えてもらえればそれでいいの。えん☆さんがいくつものやりかたを教えてくれていると、オレはえん☆さんの首を絞(し)めたくなるの(大げさなジェスチャー付きで)」。

なので教え方も相手の性格で変わってくると思います。

『援助者』タイプ2にこの話をしたことがあります。
その人、Cさんは、Bさんの考えに同意していました。
タイプ2には短気な人も多いから「さっさと要点だけ教えろ」となりそうな気もします。
『達成者』タイプ3も、最短距離での成功を目指しますし、
『芸術家』タイプ4も意外と短気な人が多いです。
2・3・4の人たちはハートセンターで、ハートセンターは、気持ちよさ心地良さの人たちなので、「さっさと要点だけ教えろ」になる気はしますね。

タイプ8・9・1のガッツセンターの人たちも、その場その場の事実に反応する人たちなので、要点を求める傾向はあると思います。ただハートセンターのように気分で動いているわけではないので、相手の教え方に従(したが)う傾向はあるようにも思います。

残るタイプ5・6・7のヘッドセンターの人たちですが、ヘッドセンターは頭を使う人たちなので、こういった教え方にもついて行くとは思います。

ただし、タイプ6は思考の否定点なので、あまり考えたくはありません。
「銀の弾」や「聖杯」を求めるタイプ6は答えは一つのほうが良いし、失敗は避けたがるでしょう。

あと、今回の話で出した「複数の答え」は「生産的失敗」とは別のものと言う人もいるでしょう。
ですが、私は面倒な点とそれがもたらす理解の深化では同じだととらえています。

こういうのを受け入れらるのは『観察者』タイプ5と面白がりな『冒険者』タイプ7くらいかも知れません。
それでもタイプ7の場合面白くないと見ると逃げ出す可能性は残ります。
一方で、教育における「生産的失敗」の有効性が認知され出したら受け入れる人も増えていくとは思っています。


蛇足的な話
私は落語が好きです。比較的好きです。
それで落語って、お客さんが毎回違うし、落語や笑いへの理解度もまちまちなんですよね。
それでどうするか?
始めのほうで小話をするんですよ。いくつもの小話を簡単なもの(「隣の家に囲いが出来たんだってな」「へえ(塀)」「かっこいー(囲い)」)から難易度を上げていって、笑いの反応を見て、今日のお客さんの笑いへの理解度を探(さぐ)るんですね。
それでその場で話す落語の内容を決めているんです。

なので教育においても「生産的失敗」の有効性に固執することなく、その場の生徒の傾向を見極めながら教えるのが理想となりそうです。

難しいですが。

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