【小説】隣の席の徳大寺さん 最終話
隣の席の徳大寺さんは、少し変わっている。
物静かで穏やかで優しくて博識で、とてもシャイ。それなのにときどき大胆なことをするから、一緒にいて全然飽きることがない。
以前から書いていた“もやし”の小説は世界観が独特すぎてよく分からなかったし、僕の体を考えて作ってきてくれるお弁当は、ときおりとてつもなく酸っぱかったり苦かったりする。
最近は毎日、そんな徳大寺さんと学校の中庭で放課後の時間を過ごしていた。たまに鯉川先生が顔を出すけど、基本的にふたりきりだ。
僕たちの学校は中学・高校・大学が同じ敷地にあって、中庭はその敷地のちょうど真ん中あたりにある。僕は中学時代から錦鯉クラブの一員として、ここに入り浸っていた。
「この子、とても綺麗な朱色よね」
それは、僕が中学2年のときから大切に大切に育てている、大正三色の錦鯉だ。
「実は、まだ名前をつけてないんだ」
「そうなの?」
「この子は僕にとってとても特別だから、名前も特別なものにしたいなって。そうやって考えているうちに、時間が経っちゃったんだよ」
「ふふふ、名前って大切だものね」
お気に入りのものに名前をつける癖がある徳大寺さん。僕の名前がついたスマホで、僕が一番大切にしている錦鯉を撮影している。
彼女はこの中庭にいる僕の姿を、中学のときから見てきたらしい。それを聞いたら、胸の奥が熱くなった。
一番大切なものに、一番好きな名前をつけた。徳大寺さんがそう言っていたことを、ふとを思い出す。
それならこの鯉につける名前は、ひとつしかない。僕は心を決めた。
「朱莉……」
「えっ?」
突然名前を呼ばれたと思った徳大寺さんが、目を丸くする。
「え、えっと……あ、朱莉にしようかなって……この錦鯉の名前」
「……ど、どうして?」
「綺麗な朱色だし、女の子だし、それにこの子は特別だから……一番大切で、一番大好きな名前をつけたいと思ったんだ」
徳大寺さんはスマホをギュッと握りしめた。そしてしばらくして、笑顔で頷く。
「じゃあ……朱莉と仲良しな、この男の子の鯉の名前。“謙介くん”にしなくちゃ」
「でも、そのスマホも“謙介”なんでしょ?」
「謙介くんは、どれだけ増殖してもいいのよ。すでに5人いるんだから」
やっぱり、徳大寺さんは変わっている。
自室のベッドにも僕の名前をつけていると知ったのは、もう少しあと。
そして僕の大切な“朱莉”が品評会で雅賞を受賞するのも、また少し先のこと――