ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック/B面 30-29
上田正樹とサウス・トゥ・サウス「始発電車」
はじめて来たか、もしくはそこにいたことを完全に忘れていたのに思っているのに、突然その街の記憶が猛烈によみがえってくることがある。
今年(2019年)に入ってDJをする機会がなぜか増え、たいしてうまくもないのにいそいそとレコードを用意して出かける。こないだ7インチ箱を見ていて、一枚の日本盤シングルを手に取った。
上田正樹とサウス・トゥ・サウスの「やせた口笛で/始発電車」という7インチ。レーベルがキティなので、すでに上田さんのソロ活動も射程に入っている、つまりバンドとしては最後期の作品ということになるだろう。B面の「始発電車」が下町のシティ・ソウルという感じで、とてもいい。だけど、こんなシングル、どこで買ったんだろう?
そのとき猛烈にフラッシュバックしてきたのが、雪景色だった。1990年、小樽の雪。大学で仲良くしてもらった3学年上の先輩が就職して小樽に引越したので、訪ねて行ったんだっけ。札幌に着くころにはまばらだった雪が、陽が暮れるにつれてどんどん勢いを増し、小樽の先輩の家に向かう道すがらは、場所によってはひざ下まで雪に埋もれた。
生まれてはじめてそんな量の雪を体験して、一歩ごとに「うわ」とか「ぞわ」とか意味のないうめき声をあげていた気がする。先輩は「ここらへんはすぐこのくらいいくから」とこともなさげに歩いてゆく。
学年でいえばみっつ上ということは、ぼくが1年生のときの4年生。大学に入ったころは、4年生といえばとてつもなく大人に見えた。人生の辛苦を体験したような顔で、学内のラウンジで煙草を吸う。体育会的なノリはなかったとはいえ、先輩たちのいる場所や会話に混ざっていくのは勇気がいることだった。なにしろこちらは東京に来てまだ数ヶ月も経たない、ひよっ子以下の存在なんだから。
自分が4年生になったこの年あたりになると、「あの人たちだってたいしてなんだにもわかっちゃいなかった」ということが身にしみてわかったが。
先輩はぼくらのいたサークルに明確に所属していたのかよくわからない。だけど、なぜかよく見かける顔だった。すぐに親しくなったわけじゃない。『少年ヘルプレス』のぼくらふたりを気にかけてくれていた記憶があるから、それがきっかけだったのかな。
先輩はニール・ヤングが好きだった。音楽の話を「誰が好き」「これが好き」という答え合せみたいなことなしで、すっとできる間柄だった。
ほかの諸先輩方の、意味もなくおとなびた感じとは違う、チャイルドライクといえば語弊があるかもしれないが、対等に話ができる人だった。年齢や世代が違う人と話す上で、格や経験を振りかざしてもいいことなんかなにひとつないというのは、先輩を通じて最初に教わったことかもしれない。
雪が降っていたということは小樽を訪ねたのは、先輩が東京を離れてほどなくのこと。この年に20周年を迎えたRCサクセションのツアーを見に行く、という「ついで」を作って、遊び相手がいなくなってさびしいだろうと様子を見に行ったというのも理由のひとつだった。もちろん、先輩とふたりで見に行ったのだ。
だんだん思い出してきた。まず札幌で待ち合わせして、一緒にRCのライヴを見て、それから小樽に行ったのだ。そのライヴの前に立ち寄ったレコード屋さんで買ったのがサウス・トゥ・サウスの7インチだった。「見たことないやつだ!」と驚いてレジに持って行った。
小樽に住んでからも、先輩はちょくちょく東京に出てきた。出張というより、古本を買ったり、大学時代の友だちに会いに来たり。当時高円寺に住んでいたぼくの家に泊まることも多かった。夜中までレコードをかけながら、どうでもいい話をして酒を飲んで、寝る。物が多くて布団をふたつ並べるスペースもなかったので、たいていは床を先輩に譲り、ぼくは押し入れで寝た(逆のパターンもあった記憶がある)。押し入れで寝るのは「ドラえもん」みたいで、ちょっとおもしろかった。「東京ロッカーズ」のビデオを家で見た(見せてもらった?)という記憶もあるけど、どうだったかな。
山下達郎の中野サンプラザでのライヴに「チケットがあるから」と誘われて行ったこともある。たしか15年くらい前? それがぼくのはじめての達郎さん体験だった。先輩は達郎さんのファンクラブ会員でもあった。
しばらく連絡を取り合っていなかったのだが、おととし(2017年)カクバリズム15周年のライヴが札幌で行われたとき、先輩の実家がある函館で降りることにした。母親を亡くされてから先輩は函館に戻っていたのだ。思いきって会いに行ってよかった。
こないだ「始発電車」をDJでかけたら、「こんないい曲があるんですか」と言われた。正直言って、ぼくは買ってから30年近く忘れてたんだけど、いまならちゃんと思い出せる。大好きな先輩を訪ねて行ったときに買ったシングルだったって。
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この連載が書籍化されます。2019年12月17日、晶文社より発売。
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