ギフテッド教育?平等な教育?
偶然チラ見したテレビから何やらギフテッド教育がどう、みたいなのが耳に入ってきた。
そうか、日本語にもギフテッド (gifted) という言葉が入ってきたか。オーストラリアの教育現場で長年働いてきたのでもちろんギフテッドという言葉には馴染みがあるし、ギフテッドである子供達に教えたこともある。その番組の中では、『平等な教育を全員に与えたい。(差別したくない)』と述べる専門家の方もいらっしゃった。そうか、差別はもちろん良くないし、皆が平等に教育を与えられるべきだ。
オーストラリアの教室は、地域によってかなりの差はあるが、クラスの中には、金髪の子がいたり、私のような黒髪の子もいれば、茶色、褐色、カーリーヘア、ストレート、アフロヘア、子供それぞれが、髪の毛も目の色も、肌の色もそれぞれ。ルーツもバラバラだ。そういえばいろんな国の文化について勉強してる時に、一学年丸ごとで50カ国ぐらい出身地が違う、みたいなポスターが作られてたっけ。地域によって、何系が多いとかもあるけど、とにかく多文化な国だから、教室に入っただけで、見た目だけでも色々というのは当たり前のこと。
とにかく素晴らしくバラバラだから、平等に機会は与えられていると同時に、できる限りPersonalisedされたカリキュラムを提供することが必要とされる。先生は本当に大変だ。ギフテッドであろうが、そうじゃなくても、とにかく、その子のPersonal Bestが達成されるように先生は指導していく。
日本の子供達は、目の色も、髪の毛も、肌の色もそれぞれよく似ているけど、個人一人、一人はみんな違うのが当たり前。自分が子供の頃(生まれと育ちは日本です)私だけのPersonalisedされた課題は出されたことなかったなあ。…..最近の日本の学校も昔みたいに、みんな同じ教科書で同じカリキュラムなのがメインなのだろうか?
そういえば、オーストラリアの教育現場で働く前にオーストラリアの大学でGraduate Dimploma in Educationtというコースを先生になるためにとったけど、最初の頃は本当にカルチャーショックが多かった。なぜなら!!!!!!!オーストラリアには決まった教科書がなく、州によってもガイドラインが似てるけど、それぞれ違うものがある。何年生はこんなことを学んで、こういうことが出来るようになる、みたいな決まりごとはあるけど、それをどう教えるか、どうアセスメントするか、は先生次第。最初は本当に大変だった。…が長い間、やっていると、先生側も自分の長所を活かせたレッスンプランが立てられるということに気がついた。20年以上、日本の外にいると、全国一律同じ教科書というのには驚いてしまう自分になっていた。……笑
子供達一人一人がそれぞれ最高な自分になりますよう。
頑張れJAPAN💌
自分らしくイキイキと。
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