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グローバリズムと無限責任社会について~『(日本人)』を読む

「日本人の特殊性」はアジアではありふれたものでした。(→①はこちら)また、人間の進化と農耕社会の本性から、すべての農耕社会は同じように「分」をわきまえ、「ムラ社会」で「妥協の産物」になるのだと作者は言いました。(→②はこちら)日本人と西洋人は明らかに違う考え方をしますが、それは生まれついてのものではなく、(→③はこちら)強い「空気で支配」しなければ共同体を維持できないほど個人主義的な日本人はその場その場の損得勘定で「水を差し」てきました。(→④はこちら

明治維新から今日まで、日本の課題は「グローバル」でした。「外国」は常に日本の大事にしている文化や伝統を脅かすもので、社会の閉塞感から解放されるものでもありました。

1.グローバリズムとは

グローバリズムには経済的なグローバリズム(自由貿易)と政治的なグローバリズム(アメリカニズム)のふたつがあります。社会学者の宮台真司はこのように言いました。

「経済回って社会回らず」の状態を放置すれば、どのみち「社会が回らないから、経済も回らなくなる」状態になります。賢明なグローバリストならば、社会の保全に関心をもち、グローバル化を持続可能にします。野放図なグローバル化は急に没落する層を生む。この没落層は必ず怨念を抱える。怨念を抱えれば「正しさ」と「快楽」が分裂して「快楽」にくみする。そうなればフェアネスなどクソくらえ、となる。なのに「私は自由貿易とダイバーシティの両方に賛成します」だと?愚かすぎる。

社会が複雑化してくるにつけ、(近代社会は分業によって成り立っています)「ムラ社会」ではいられなくなりました。ほとんどの問題がトレードオフになったからです。「ムラ社会」ではトレードオフになった情況の時、貧乏くじを引いたひとに金銭を支払って全員一致の合意を成立させてきました。それに対して近代的な政治制度では、全員が従うべきルールを最初に決めてそれに基づいて政治的な決定が行われます。そのルール決定は利害関係者にとって死活問題となるため、人々は激しい議論を戦わせるのです。

マイケル・サンデルは『これからの「正義」の話をしよう』の中で「正義」には4つの立場があると言いました。それは、リベラリズム、リバタリアニズム、コミュニタリアニズム、功利主義(新自由主義)です。「自由」を原理とするリベラリズム、リバタリズムは「自由」という点では共通ですが、ほかでは同じ点はありません。コミュタリアニズムは、正義の源泉は「自由」ではなく、共同体の歴史や伝統だろう、と考えます。功利主義は「最大多数の最大幸福」のことです。これは、貨幣経済の発達によってはじめて生まれた考え方なので、ヒトはそこから正義感が生まれることはほとんどありません。「自由」「共同体」「効用の最大化」はそれぞれ大切ですが、すべてを満たす理性的な解は存在しません。

アメリカやヨーロッパの諸国では、政治家や政党はこの原理に基づき、それぞれの「正義」の原理に基づいて行動することを求められています。それに対し日本では「正義」はいまだに情況保存的で政治家も政党もその時々に応じて主張を変えるのが普通です。ですから政治家の政党も「正義」を語ることができません。「国を愛そう」とか「家族を大切に」などの情緒的な道徳しか持っていないのです。

2、責任の取り方の違い日本

戦後日本は、「戦争責任」をめぐる究極のモラルハザードから出発しました。ここではローカルな社会とグローバルな社会での責任の取り方についてその違いを考えていきます。

戦後、一番最初の政治的議論は「戦争責任はだれにあるのか」という問題でした。東京裁判においてかつての政治家、軍人は口々に自らの「責任」を否定していきました。戦争責任においては相反するふたつの議論がありました。一つは「一億総懺悔論」ひとつは「天皇有責論」でした。前者はあまりに為政者に都合がよすぎる、と批判され、それに反論することができませんでしたし、後者は米国政府が日本統治のためには天皇の協力が不可欠、という論理で実現せず、A級戦犯にすべての責任を負わせようとしたものの、米軍の都合や「勝者が敗者を裁く政治ショー」という批判が保守論壇から出されるにつけA級戦犯は免責。すると、300万人の日本人の死者と2000万人のアジアの死者に責任を負うものはひとりもいなくなってしまいました。

1933年、皇太子(のちの昭和天皇)の車を25歳のテロリストが狙撃するという事件がありました。政治学者の丸山眞男は「大正デモクラシー」の時代に起きたこの狙撃事件を例にあげて日本の「責任」の構造を分析しました。

事件後、内閣総理大臣はただちに辞表を提出し、内閣が総辞職しました。当日の警備体制の責任を取るかたちで警視総監と、警視庁警務部長が懲戒免職、道すじの警護に当たっていた(まったく事件と関係ないような)一般警察官まで免職となりました。犯人の出身地、山口県の知事と上京の途中に立ち寄ったとされる京都府の知事はけん責処分となり、郷里の村は行事を取りやめ、犯人の卒業した学校の校長と担任教師は辞職、父親は自宅の門を青竹で結んで蟄居し、半年後に餓死しました。

人間の脳には因果論的思考が組み込まれているので、(本稿②)わたしたちは何か自分に取った不都合な出来事が起こるとそこには必ず「原因」があるはずだと考えてしまいます。「原因」を考えたら、それをもたらしたものが「責任」を取らねばならない、と考えてしまうのです。

古代の呪術世界では王は民衆の支配者であるよりも神と交感する霊媒でした。ですから、旱魃や洪水は神を怒らせた王の「責任」とされました。こうした呪術責任は、範囲の定めのない「無限責任」です。皇太子狙撃事件にかかわりのある者はその全員が穢れを追っているのだから、それぞれが相応の責任をとらなければ社会全体の「けがれ」がぬぐえない、そのように考えられたと丸山は分析し、この「無限責任」が日本を無責任社会にしたのだと論じました。

日本ではいったん責任を負わされスケープゴートにされたときの損害があまりにも大きいので、誰もが責任を逃れようとします。その結果、権限と責任が分離し、外部からはどこに権力の中心があるかわからなくなります、このようにして、「天皇を空虚な中心」にし、どこにも「責任」をとる人間のいない無責任社会が生まれたのです。

3、責任をとる制度の進化について

わたしたちは「自分のしたことには自分で責任を取る」のが当たり前だと考えています。しかし、こうした自己責任は近代以前の社会には存在しませんでした。「五人組」は連帯責任制度の成立です。なぜこのような制度ができたかというと、気に入らない村人を追い出して自分の土地を増やすのではなく、村に残ってもらうことが死活問題になったからです。こうして、イエを単位とした土地の管理と連帯責任制度が始まりました。近年の中世史研究ではもともとムラにあった制度を領主が追認したものという見方になっています。

近年、バングラデシュでは、連帯責任で返済をする銀行を設立しました。貧しいひとたちが自立をし、人間性を回復するためには、自尊心を持たなければならなかったからです。連帯責任であるのは彼女たちがそもそも自己責任をとれるほど強くはないからでした。

中世の村社会やバングラデシュの連帯責任に対し、近代社会はそれとは異なる「責任」によって社会の秩序を作ろうとしました。それが「法の絶対性」と「自己責任」です。社会がゆたかにんるにつれて、「無限責任」から「連帯責任」、そして「自己責任」への責任の取り方は進歩しました。ですが日本では契約の絶対性はまったく理解されず、法は便宜的で、努力目標のまままです。日本では今も昔も行政の仕事は「みんな」にとって一番いいように調整することで、「みんな」が都合が悪いことは守らなくてもいいようにするのは当然でした。(「みんな」のなかには消費者や外国人は含まれません)「法の絶対性」がなければ自己責任をとることができないのです。近代社会では自由と自己責任は表裏一体だから、自己責任がないということは自由がなく、だれかの奴隷だ、ということです。もし、ひとが自由に生きたいのなら、進んで自己責任を引き受けなくてはいけません。けれど、呪術的な無限責任のこの国では、自己責任は「ルールのないまま一方的に責任だけを押し付ける」ことと同義です。ですから、ひとびとは自己責任を忌避するようになりました。

この自己責任を取れない無責任社会には致命的な弱点がありました。組織の中に統治(ガバナンス)構造が作れないのです。



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