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東洋人と西洋人の違い~日本人性とは何か『(日本人)』を読む③


「日本人の特殊性」はアジアではありふれたものでした。→①はこちら

また、人間の進化と農耕社会の本性から、すべての農耕社会は同じように「分」をわきまえ、「ムラ社会」で「妥協の産物」になるのだと作者は言いました→②はこちら

1、日本人はなぜリスクを回避したいのか

社会心理学者の山岸俊男による「独裁者ゲーム」という実験があります。これは「日本人はなぜリスク回避的なのか」を探るための実験でした。

それは参加者が二人一組となってそのうちひとりがお金を好きなように分配してもうひとりが受け取る、というゲームです。ルール上では完全な匿名が保証されていて、自分がお金を独り占めしても相手はもちろん実験者にもわかりません。興味深いことにそもそもお金を分ける側ともらう側のどちらを選ぶのかを尋ねたところ、日本人では35%もの人が「お金を分けてもらうほうがいい」と望みました。山岸はこれを「分けることには責任が伴うから」だと考えました。リスク回避傾向の高い人はどんな場合でも他人から非難される可能性を避けようとします。それはすなわち「自分では何も決めたくない」人です。彼らはたとえ損をしたとしても責任を持ちたくないのです。

山岸はこうした「リスクに背を向ける」ひとたちの特徴を、自立性が低く、へりくだる傾向が強く、用心深いと描写します。さらにそのひとたちはストレスホルモンの分泌が高いこともわかりました。自分で責任を持つことにストレスを感じ、他人から嫌われることを恐れ、目立つことを嫌がる。どうやらこれは日本人ないしは日本社会が持っている本質的な傾向です。

2、日本人とアメリカ人の戦略の違い

日本人は集団主義で自己表現が苦手。アメリカ人は個性的で利己主義。誰もが当然のイメージだと思っていますが、それは事実なのでしょうか。

山岸は複数のボールペンから一色を選んでもらう、という実験をしました。ボールペンは同じものの中に、一つだけ違うものを混ぜました。当初、日本人は多数派に同調し、アメリカ人はユニークさを好む、といった傾向が見られましたが、ここで実験者の山岸俊男は疑問を持ちました。日本は文房具から家電までユニークを競うさまざまな商品があふれているのに、なぜ同じものを選びたがるのだろう。そこで他人の目がある場合、または誰にも分らない場合、など様々なケースで試したところ、日米の差はほとんどなくなりました。つまり日本人は「どれを選んでも誰にもなにも言われない」場合についてはユニークなものを選び、アメリカ人も自己主張しづらい雰囲気のときは空気を読んで無難なものを選ぶのでした。このことから山岸は日本人とアメリカ人には本質的な違いはなく、選択のしかただけが違うのではないかと仮説をたてました。

日本人はあいまいな情況に置かれたときにリスク回避的な選択を行います。しかし、情況が明白で自由に何でもやっていい、と分かった時には自己主張をしはじめます。逆にアメリカ人はあいまいな情況に置かれたときにもっとも有利な選択は自己主張をすることだと考えます。しかし、自己主張が顰蹙を買うのでは、と思うような場面ではリスク回避をするのです。なぜ、この違いが起こるのでしょうか。それは人々が生きる社会(環境)が異なるからです。そうした社会の典型が学校のような閉鎖社会です。学校では「同じ」でないと危険が及ぶ可能性があるのですから。

こういったリスク回避をする選択は日本人だけなのでしょうか。山岸はさらに人種や年齢を代えて調査を続けました。すると韓国人も中国人もほとんど同じ選択をし、以下のようなことがわかりました。

①アメリカ人と東アジア人のあいだには行動文法や記憶のしかた、自己認識などさまざまな点で明瞭なちがいがある。②日本人、韓国人、中国人(香港人やシンガポール人も含む)はだいたい同じような傾向を示す。③こうしたアメリカ人とアジア人の違いは子ども(4歳)の時からはっきりわかることである。

アメリカの社会心理学者リチャード・E・ニスベットは「東洋」と「西洋」の違いについての膨大な研究を調査し、「西洋人は世界を名詞の集合と考え、東洋人は世界を動詞で把握する」という仮説を提示しました。そもそも発達心理学では、子どもは動詞よりも名詞をずっと早く覚えるということが定説でした。動詞はあいまいでうまく分類することができず、意味を伝えるのが難しいからです。しかし、東アジアの子どもたちは、名詞と同じ早さで動詞を覚えることを発見しました。これは、西洋人の認知構造が世界を「個」として分類するのに対し、東洋人は世界を「出来事の関係」として把握するためです。それが、西洋人は「個人」「論理」を大切にし、東洋人が「人間関係」「集団」を気にする理由となっていると考えられています。

なお、この違いは生物学的なものではないこともわかりました。西洋で長く住んだ東洋人、または2世、3世になるとほとんど西洋人と同じ思考のしかたになるからです。つまり、西洋人と東洋人は明らかに違っているのですが、その違いは文化的なものでしかないのです。


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