インターにおける日本人の立ち位置
アブダビとフィジーにおいて、日本人が数名しか存在しないマイノリティーであるインターに身を置いたことで、私は自分自身の潜在的なアイデンティティに度々直面した。同時に、周囲からのニーズとのギャップで苦悶することとなった。
インターナショナルスクールでの個性とはまず国籍であり、その国籍に応じて求められる立ち位置がある。フィジー校への転校当初、私は日本人として、裏方やフォロワーとして活動を強いられることが多かった。
露骨な差別というわけではないため、受け入れてしまいがちだった私。