「イスタンブール症候群」
1980年代にパリをはじめとする西欧諸国に長期滞在ないし移住した日本人女性の間で「パリ症候群」なる精神疾患が多く見られ、同名の本まで書かれたのはよく知られている。が、これに類似して、中近東のトルコはイスタンブルのイメージと現実との差に絶望する「イスタンブール*1症候群*2」なるものも存在しうるのかもしれない。
*1 日本ではトルコやオスマン帝国、テュルク諸地域や最近はその他地域の世界史研究者の間でも現代トルコ語の発音に倣って「イスタンブル」と書くことが増えてきたが、ここではあえて現在でも国内の通例表記である「イスタンブール」と記載する。
*2 なおこれに類して、トルコからはややズレるが榮谷温子氏が中東方面(エジプト?)でかかるその手の疾患で「キファーヤ病」なるものを大昔に提唱していたようだが、それともまた違う。
疫禍以前、それも2016年のクーデタ未遂事件以降だったかには既にトルコもきな臭いイメージがつきまとい、あまり雑誌の観光地特集などでフィーチャされなくなってきていた気がする(単に私が追いかけきれていないだけかもしれないが)。ところがそれ以前にはエルトゥールル号のエピソードによる「親日」イメージ*3や、トプカプ宮殿やブルーモスク(スルタンアフメト・ジャーミィ)にカッパドキアなど煌びやかな観光地のイメージ、それにパザルで売られているモザイクランプや絨毯などの工芸品や料理のエキゾチックさや、ベイオールあたりの街並みにみるおしゃれさ、そしてイスラムが多数派な社会において世俗主義を明確に導入していたという先進性、それに「アジアとヨーロッパにまたがる国」*4…などなど、読者にポジティブなイメージを持たせる内容での宣伝が多かった気がする。
これを間に受けて、特に女性が現地での女性の扱われ方やしつこい客引きなどの予備知識もなく渡航して、旅行先でトラブル*5に巻き込まれたり、婚姻や仕事などで長期滞在することでその国のアラが見えてきてゲンナリしたりして、それでも退っ引きならず精神的に追い詰められる…というケースが発生するのは十分に考えられよう。というか、事実として書ききれないほど沢山ある。そしてこのケースは何もイスタンブルないしトルコに限らず、もしかすると中近東一帯にも言えるのではないだろうか。
20年前の米国同時多発テロ以降きな臭いイメージが先行しやすい中東ではあるが、だからといってイスタンブル限定でもいたずらにキラキラオシャレスイーツなイメージを煽るのもどうかと思う。先述のパリ症候群の主な舞台たる西洋よりも、あまりにも住民の価値観や思想が日本人のそれとは違いすぎる場所であり、酸いも甘いも含めてまだまだ少ない情報から事前予習してもなおトラブルに巻き込まれるからだ(後半はパリにも言えることだが)。とにかく、生半可な気持ちで日本人女性が国内の各観光地へ行くかのように「女子旅」*6と称して行ける場所ではない、と個人的には思っている。
*3 なおエ号事件も日本でも恐らくはずっと串本町民やトルコ共和国関係者の間でしか知られていなかったようで、日本社会で広く認知されるようになったのは日韓W杯でのトルコ代表に対する日本メディアの扱いの悪さに旧「2ちゃんねる」で抗議の意図を込めた同事件のAA作品が作成されたのが皮切りだったと思う。
*4 トルコ人自身はこれをHem Asya’da hem de Avrupa’daと言うらしい。
*5 旧2chの『トルコの男は最悪だ!』スレでは、これらトラブルにはトルコ人だけでなく、なんとインドや東南アジアでの日本人旅行者に対する詐欺の事例のように既に日本人も加担しているとの記載があった。なお私は自慢ではないが、そこに「詐欺師」として名前が上がっていた人物に客引きされて、本当に時間もなかったので出されたお茶も飲まず15分で慌てて店を飛び出したことがある。
*6 上記と同じくして、見るからに日本人の20代と思しき女性が集団で客引きに絡まれているのも見てドン引きしたこともある。そのときは「この人急いでるんです」と言って彼らを払い除けたのだが。