ホテルに行くまで

LINE交換をしてから、今は不倫相手になった彼とのLINEが始まった。

初めのうちは、彼からの「今日の仕事はどうでした?」といったLINEに返信するだけ。まったく距離は縮まらなかった。

LINEを聞かれたことで、私は内心舞い上がっていて、彼のことが気になっていたけれど、相手からは何もないので、片想いのような状況だった。

ある日、特に用もないのに私からLINEをした。仕事以外のことでもLINEして仲良くなりたい、という気持ちがあった。

彼からの返信は「仕事で何かありました?」というもの。ぜんぜん脈なしだと悟って「最近は〇〇さん(彼)のおかげで、怒られることもないし、楽しく働けています」と感謝のLINEをした。実際に彼からのアドバイスで、仕事がしやすくなっていた。 

個人的に仲良くなりたいと願っていた自分の勘違いが恥ずかしくて、スマホの画面を見たくない心境になった。

ところが、彼からの返信は
 「それならよかった
  今度ご飯でもいきましょうね」

すごく嬉しかったけれど、なぜ急にそうなったの?という疑問もあった。

その疑問は、その後に実現した二人での食事の席で明らかになった。

彼は、最近LINEして関係を持った女性から熱烈に好きになられて、待ち伏せや電話などをされていたとのこと。それで、私も自分に熱をあげるタイプだと困ると思ったそうだ。

仕事の感謝を伝えたことから、私に関しては大丈夫だと判断して、食事に誘ったらしい。彼は、私が舞い上がっているのも感じたようで、あくまで仕事の話だけのLINEにしたようだ。

「自分ばかりが好きになってるみたいで恥ずかしくなって気持ちが落ち着きました」と言ったら、彼は「俺が冷静にさせたんです」と言う。

“えー、そうだったの?”という驚きとともにそういうことをしてくるのが何だかすごいな、と感心してしまった。

彼の脈なしLINEで本当に私は冷静になった。恋愛感情が冷めてきてしまったのは残念だったけれど、元はと言えば私は恋愛のドキドキや自分が自分でなくなる感じが苦手だった。かえって冷めた方がよかった気もしていた。

それにしても、LINEだけで一喜一憂している私にとっては、実際に女の人と関係を持ったりしている彼の話が新鮮だった。

食事では、彼が独身で、私より5歳年下ということもわかった。彼女はいないし、作る気もないとのこと。私も結婚していること、子どもがいることを話した。

ここで彼の恋愛観についての話になり、過去のトラウマから恋愛をする気がないことを聞いた。
 
それなら、なぜ私や他の女性にLINEを聞いたり、ご飯に行ったりするのかを聞いたら、要は「性欲があるから」という身も蓋もない答えをもらった。

私だけお酒を飲んでいたから、こまかな言い方は忘れてしまったけど「ぶっちゃけやりたいからです」と言っていたような…。正直すぎるところに、好感を持ってしまった。

それでも、私は「恋愛の先に体の関係がある」とう20代の頃から更新されていない考えを持っていたから、「へえー」と聞いたものの、自分がその相手になろうとは思ってもいなかった。

そもそも不倫願望もなく、彼とLINEしたり、
ご飯に行けただけで、もう十分すぎるぐらいだった。

このときお酒も入っていたので、彼に「体の関係だけなんて、私は嫌ですね」とか「好きになった人が自分のことも好きになってくれて、じゃないと気持ちよくならないです」とか言っていた。

彼は「それは理想だけど、男っていうのはやりたいものだから」みたいな感じで話は平行線。

脈なしのLINEで私を冷静にさせて、彼の思う「男はやりたい」という本音も教えてくれる(すべての男性がそうだとは今も私は思わないけど)。 

やりたいなら、私に合わせて、自分も私を好きになったフリをしてくれて、恋愛しているかのように進めれば簡単なのにそうはしない。

そこが、私には誠実に感じられた。

彼は、LINE交換をしただけでなく本当にLINEをくれた。食事に誘ってくれたら本当に行ってくれる。後でLINEします、みたいな時も、後でLINEを必ずくれる。

私が「LINE交換しただけじゃなくて本当にしてくれましたね」と言ったら「俺はしますよ」と言っていた。短い言葉だったけれど“口だけでやらないやつもいるけど、自分はやると言ったことはやる”みたいな意味合いに受けとった、

うまく言えないけど、普段の頼りになる仕事ぶり
も合わせて、彼のことを信用できると感じた。

その後で、夫婦のセックスレスの話になり、私は10年以上のレスであることを話した。そして、レスの話し合いで夫から「他でしてきていい」と言われたことも教えた。彼が性欲について話した後だったから、抵抗もなく話していた。

彼は、少し驚いていたけれど、「他でしてきていいなんて、口が裂けても言ってはいけないこと」と言ってくれた。その言葉は私の味方になってくれているようで、私にとって嬉しいものだった。

そして、彼から
「俺でよければ、相手をします」
という提案をされた。

このとき「覚悟があるなら」ということも言われた。彼の言う覚悟とは体の関係を持ったら今より冷静でいられなくなるけど大丈夫か、という意味だった。好かれた女性に待ち伏せや鬼電をされているから、このことは確かめたかったみたいだ。

私は、自分はその辺は大丈夫だろうな、と思ったものの、絶対とは言えないから、返事は保留にしてもらった。彼はそれでも「ご飯には行きましょう」と言ってくれた。

恋愛をしないという考えがあって、女性とLINEするのは性欲のためなのに、ご飯は行くんだ、と思ったけれど、彼との食事は楽しかったので、流れに任せてみた。

そして、LINEだけでなく二人でご飯に行ったりカラオケにも行くようになった。話すことがたくさんあって、毎回ご飯の後に外でタバコを吸う彼の横で続きを話した。

そして、3回目の食事の後に寄ったカラオケで、あらためて体の関係をどうするか聞かれた。

すっかり慣れて当たり前になっていたけれど、私はセックスレスに苦しみ、傷ついた時期があった。このままで終わるのは嫌だなと思っていて、いずれは女性用風俗を利用しようかとも考えていた。そんな私にとって、気に入っている人からの相手をしてくれるという提案は願ってもないものだった。
 
彼にもそう伝え、予想もしていないことだったし、時期はもっと先でもいいと言った。

ところが、彼の仕事が忙しくなるとのことで、このカラオケの日の翌日を逃すとしばらく二人の都合が合わないことがわかった。

彼は明日にするか、もっと先にするか、どちらでも私が決めてくれればいいと言った。その場で考え、私は「明日」を選択した。その方が確実に手に入ると思えたから。

そして、キスもハグも手をつなぐこともないまま、ホテルに行くための待ち合わせを決めたのだった。

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