幸せは学べるのか?北欧の大学で必須科目となる幸せに生きる力。
もし、今よりも毎朝喜びとともに目覚められるとしたら、もっと幸せを実感して生きられるとしたら、あなたはその授業を受けてみたいと思いますか?
そんな幸せに生きるための教養を学ぶ授業が、北欧スウェーデンのビジネススクールで必須科目となる、という発表がありました。
北欧の大学だけではなく、米国のイエール大学(成田悠輔さん所属で有名)が提供する"The Science of Well-Being"が最も受講者の多い科目となるなど幸せに生きる土台となる知恵を学ぶことが当たり前になりつつあります。
日本でも、自己啓発、スピリチュアルといったカテゴリーのなかで、昔から幸せ(と直接には言わないにしても)を取り扱う書籍や動画は数多く触れることができます。
一方、近年のトレンドとしては、ポジティブ心理学や認知科学、瞑想などの研究を通じて得られた「エビデンス(裏づけのある知識)」をもとにした、学習が可能になっていることが挙げられます。
今日は、先ほど引用したスウェーデンの大学で教えられている幸せに関する授業のシラバスを参照して、幸せに生きるために一体どんなことを学ぶかについて概要をご紹介したいと思います。
1. 幸福のパラドックス
まず、一定以上の金銭的な成功と幸せは必ずしも相関しないことについての研究成果「幸福のパラドックス」についてです。これは、日本においても、年収800万円を超えると、幸福度の上昇とは直接関係なくなるという話も耳にしたことがあるのではないでしょうか。
年間所得が一定程度を超えるあたりから、所得が増えても幸福度は高くならず、頭打ちになったり、場合によっては下がってくる、これが「幸せのパラドックス」と呼ばれています。 最初にこのことを提唱した米国の経済学者、リチャード・イースタリンにちなんで「イースタリンのパラドックス」と呼ばれることもあります。
逆に、一定水準以上の富は幸福に影響しない、あるいは、生活満足度が下がる傾向さえある可能性があるということを示しています。
この結果をみて、「お金」だけに着目して幸せの度合いを高めるには限界があること。つまり、友人や家族、趣味、スポーツ、仕事のやりがいなど、私たち一人一人の多面的な幸福の要素に目を向ける必要があるということを示唆していると私は考えています。
それと同時に、他者と比較をして、年収を競っていくといった自分の外側に基準を設けることでは幸せを感じにくく、自分なりの基準をもつことが大事だと考えられます。
2. 幸せな時間
次に、私たちの人生そのものである「時間」と幸福の関係についてです。
結論からいえば、「お金よりも時間を大切にすることは、人生の大きな転換期後の幸福を高める」ということで、私たちが大きな決断をするときには、お金を理由に選択するよりも、自由に使うことができる時間を重視する方が幸福度を高めるというものです。
論文はこちら:
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aax2615
こちらのサーベイは、米国で働く人を対象とされたようなので、一概に全ての人に当てはまるということはないと思いますが、面白いのは、この論文で書かれている「なぜ、時間をお金よりも大切にすることが幸福にするのか」という結論です。
それは、関連性の根底にある、内発的に動機づけられた活動の追求という、これまで明らかにされていなかったメカニズムにあるそうです。つまり、私たちは、お金というよりも、時間を自分で決めた動機で使うことが幸福度を高めるということのようです(逆に言えば、仕事の時間のなかで、自由度や裁量が多く、自分で決定して時間を決められる場合には、この限りではないということも言えるのではないでしょうか)。
また、過去のポジティブな回想を通して、幸福感を高めるというジャーナリングについても紹介されています。
人生におけるポジティブな面、ネガティブな面、その両方のなかで、人間はネガティブな面に着目しやすいという傾向があるそうです。特に、日本人は悲観的になりやすいという傾向があるというデータもあり、こうした人間の性質から、一日を通して起こったポジティブな出来事を意図的に回想するという幸福感を高める手段が紹介されています。
この手段の裏にあるもう1つの事実として、幸福感の正体は、その「強度」よりも「頻度」にあるという研究成果があるそうです。
つまり、すっごく幸せな瞬間を数分感じるよりも、小さな幸せな何度も何度も感じる方が、今の人生に幸福感を感じやすいということのようです。
こうした研究成果を踏まえると、何よりも人生のその瞬間、瞬間を味わうことができるということが、主観的な幸福度を高めることだと解釈できます。
3. 幸せな社会福祉
幸せの秘訣1、2は、個人の考え方や習慣といったミクロな視点からの考察でしたが、3つ目は、よりマクロな視点からどのような社会が幸福感を高めるか、という考察です。
例えば、北欧のノルウェーなどの国では、所得の透明性を高めるために、誰がどれだけの税を支払っているかを全国民に公開する仕組みを始めたそうです。
税を公開することで、おおよそどれぐらいの所得を得ているのかが誰でも、知ることができるようになりました。
この給与の透明性による幸福感の変化について研究した論文によると、公開する前と後で、貧富の差による幸福感が増大してしまったそうです。
また、世界銀行が国家間における幸福感の違いと理由を調査した研究からは「人間は私たちが思う以上に適応能力が高く、単純に貧困の国だから、戦争がよく起きる国だから、という理由で差がつかず、どんな状況にも適応していくことができる。」ということが示唆されています。
グラハム、C. (2011)。繁栄と逆境の中での適応:世界中の幸福研究からの洞察。世界銀行研究オブザーバー、26(1)、105-137
例えば、アフガニスタンと聞くと、紛争地域で不運といった印象を持つ人も多いと思いますが、この研究によると、アフガニスタンの回答者は、ラテンアメリカ人と同じくらい幸せで、キューバ人よりも1日に笑顔を見せる確率が20%高いと書かれています。
その理由については、未解明である点も多く、これからも研究が必要であるとされていますが、少なくとも、犯罪や汚職の多発、機能不全の政府など、不均衡な状況に対する社会の寛容さにつながる場合、全体的な福祉レベルが低下する可能性があるとあります。
逆に、幸福感のみを政策の目標とすべきだ、という考え方については慎重にならざるを得ない(アフガニスタンが仮に幸福度が悪くないとしても、そうした国を目指すより低位な幸福感の国があるべきではないという解釈)とも記載があり、複合的な要素が絡む問題であるとされています。
4. つながりと幸福
4つめは、人間関係、社会との繋がりと幸福感についてです。
ここでは、基本的に「社会にとっての良い行い」や「良好な人間関係」は、私たちの幸福感を高めるという初期的な結論を示しています。
例えば、寄付と幸福感について調べた研究では、他者のためにお金を使うこと(寄付であったり、おごるであったり)によって、幸福感を感じることが分かっており、さらに、幸福感を感じるほど、prosocial(社会にとって良い行い)をする可能性が高くなり、幸福感の持続的な正のループが回る可能性があると伝えています。
このように、SNSや自己啓発(論文では、大衆文化と呼んでいます)では、自分自身に焦点を当てることを推奨していますが、対照的に、私たちを一貫して幸せにするのは、他者に対して良い行いをすることに焦点を当てることであると十分な証拠があると占めています。
親切な行為をすることで、肯定的な感情の増加が見られており、逆に、自分自身に集中することで気分を高めることが最適な戦略であるという一般的な認識に異議を唱えるものです。
幸福を求めている人々は、自分自身にご褒美を与えたくなるかもしれないですが、代わりに他の人にご褒美を与えることを選んだ方が幸福感を高める可能性があることを示唆しています。
5. フローと幸福
次に、フローと呼ばれる時を忘れるくらい、完全に集中して対象に入り込んでいる精神的な状態がどのようにして幸福感を高めるのかということについてです。
フロー理論の提唱者であるミハイ・チクセントミハイは、「幸福」、「創造性」、「主観的な幸福状態」、「楽しみ」といった「ポジティブ心理学」を研究対象とする、米国クレアモント大学の心理学の研究者です。
こちらの図を見たことがある人も多いかもしれませんが、フロー状態に入るための条件として、ちょうどよいレベルで難易度が高く、必要な技術レベルが高いことに集中して取り組む際に、フロー状態に入るとされています。
逆にいえば、仕事でいうと、本来ならばもっとできるのに、与えられている仕事の内容の難易度が低くて、自分の能力を持て余している状態だと、退屈してしまいます。
フローに入るための条件については、ミクセントミハイ先生の書籍が翻訳されていますので、手に取ってみていただければと思いますが、基本的な条件を以下に掲載しておきます。
目標の明確さ(何をすべきか、どうやってすべきか理解している)
どれくらいうまくいっているかを知ること(ただちにフィードバックが得られる)
挑戦と能力の釣り合いを保つこと(活動が易しすぎず、難しすぎない)
行為と意識の融合(自分はもっと大きな何かの一部であると感じる)
注意の散漫を避ける(活動に深く集中し探求する機会を持つ)
自己、時間、周囲の状況を忘れること(日頃の現実から離れたような、忘我を感じている)
自己目的的な経験としての創造性(活動に本質的な価値がある、だから活動が苦にならない)
大切なのは、自分自身のやる気が高まる情熱が必要であり、何に情熱を感じ没頭できるのかは人それぞれであるため、過去、どんなことに没頭していたかを棚卸ししながら、自分なりの条件を見つけていくことだと言えます。
6. 幸せを育む習慣
6つめは、人生とその成功と切っても切り離せない、習慣についてです。
習慣については扱うトピックが多く、全てについてここで説明しきることはできませんが、次の2つについてご紹介したいと思います。
① マインドフル瞑想
② リモートワークと健康を育む習慣
まず、マインドフル瞑想については過去 10 年間で、その効果を調査する研究が大幅に増加しました。この研究の基本的な前提の 1 つは、瞑想は最終的に人々を幸せにするということです。
すでにマインドフルネスを取り入れている人も多いと思いますが、この研究では、マインドフルネスの初心者は、自分一人で瞑想を始めて実践していくよりも、熟練者からガイドを受けながら、リトリートや研修のような形で、数日間集中的にそのトレーニングを受けることで、その後、マインドフルネスの効果が現れやすく、幸福感が高まりやすいということを書いています。
次に、健康的な生活を送る習慣について面白い洞察としては、コロナ以後に広まった在宅勤務の影響もあって、仕事と生活の境界が曖昧になることで、ライフスタイルや主観的な幸福感に与える影響についてです。
仕事が忙しく、生活と仕事が同じになってくると、健康的な行動をとることが難しくなったり、精神的な疲労が溜まりやすいことが知られています。
それだけでなく、逆説的に、健康的なライフスタイルを送るべき、最も恩恵を受けるはずの、忙しい人たちは、その健康的な行動をとる能力が鈍ってしまうということのようです。
ここでいう健康的な行動とは、栄養バランスの取れた食事や、運動習慣、良質な睡眠などをさしており、まず、忙しくなったり、在宅勤務で生活と仕事の境界が曖昧になった時には、仕事で幸福感を高めるというアプローチからまずは、自分の健康行動を取り戻す習慣が最重要であるとの示唆が得られています。
7. 人生の意味と幸福
最後に、より良い人生を送るために、意味を求めることについてです。
人生の意味という分野では、世界的に日本の「いきがい」という概念が注目されているように、必ずしも、高尚な生きる目的のようなことではなくて、ささやかな楽しみを含めて、考えられるようになっています。
そして、短期的な幸福感(快楽的幸福)かエウダイモニック(持続的幸福)のいずれかで、幸福を捉えようとする動きが心理学では一般的ではあるものの、心理的な豊かさは、その2つの幸福の二分法を超えて、人生のさまざまな面において、好奇心を持って、いきがいを捉える第3の側面があるといいます。
また、そうした心理的な豊かさを感じるためには、自分の死を意識するという正反対の考え方が時に手助けすると言います。死の淵から奇跡的に回復してから、偉大な経営者となった日本人もたくさんいますが、ここでは、死のリマインダーによって、人は人生をより有意義なものだと認識しやすくなるということを示しています。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
この7つの幸せの知恵について、どれぐらい共感するものがありましたか?
また、どれぐらい、すでに理解をして、あるいは、日常生活のなかに行動として取り入れているものがありましたか?
わたしは、こうした知恵と人生経験を照らし合わせて、自分なりに納得いくものを取り入れていくことが重要であるという反面、知識として分かってるということ以上に、行動として実践していくことのハードルが高いことだと感じています。
だからこそ、これから社会人になっていく、色んな意思決定が行われていったり、自分でコントロールできる時間が多い大学生(あるいはもっと前から)のうちに、こうした幸せに生きることに関する先人たちの学びを吸収していくことにとても賛成しています。
日本には、先ほど紹介した「いきがい」という概念や、豊かな自然と精神性といった世界から見ても素晴らしいところがたくさんありますが、日本人の主観的な幸福感が低いことに対する打ち手として、未来の必須科目としてのウェルビーイングを定着することは、追随してしたい流れと感じています。