隠し味と粗挽きブラックペッパー①
その昔の若き頃、中村一義というシンガーソングライターの音楽を私はよく聴いていた。
年を経た今も変わらず好きで、たまに聴いてみては当時の熱い想いを甦らせている。
親しみを込めて彼のことを、中村君と当時から呼んでいたので、ここでも中村君と呼ばせてもらおう。
中村君の音楽は、全て彼自身によって彼のベッドルームで制作されていた。宅録と言うのだろうか。自宅録音のことであるが、今のプライベートスタジオのイメージとは違う、彼の祖父母が持っていた木造アパートの一室に手を加え、そこでレコーディングをしていたのである。
その部屋を「状況が裂いた部屋」と呼び、彼はそこに引き篭もり音楽制作を続けていた。
1997年に中村君はメジャーデビューをし、『金字塔』と言う1stアルバムを世に出した。
私はこのアルバムを何度も繰り返して聴き、これらの曲をライブで聴いてみたいと思っていたが、彼がベッドルームから出てくることはなかった。
ところが2年後の1999年、中村君がついにベッドルームから出て、私たちの前に姿を現したのだ。
当時『SNOOZER』という音楽雑誌があり、私はその雑誌の愛読者でもあったのだが、この『SNOOZER』が定期的に「CLUB SNOOZER」と言うクラブイベントを開催しており、そのスペシャルゲストとして中村君が初めてステージに立つことになったのである。名古屋にあるボトムラインと言うライブハウスでの記念すべき初ライブであった。
「CLUB SNOOZER」略して「クラスヌ」に私は意気揚々と参加し、中村君がステージに立つのを今か今かと待っていた。
そしてついに中村君が姿を現し、その瞬間、ついに時が来たと、何かが外れ行く感覚がした。中村君がベッドルームから外に出て、私たちの前に出てきてくれたのだ。ステージの上で見る初めての中村一義。何曲か演奏をし、私たちは終始笑顔で溢れていた。
最後の曲辺りで、それもまさに『笑顔』と言うタイトルの曲であったと記憶しているが、その時に、オーディエンスの私たちは、お互いほぼ初めて会ったもの同士にも関わらずみんなで肩を組み手を繋ぎ合い、横一列になって揺れながら、中村君が今目の前で演奏してくれている音楽に思い想いに耽っていたのだ。
中村君の初ライブはとても暖かで、光が差し込むような祝賀的感動な時間であった。
ベッドルームから中村君が出てくるのをみんな待っていたのである。
目の前に今、中村一義がいたのだ。
音楽ライター風にここまで書いてみましたが、中村君についてもう少し続きます。
そしてここからが本題です。
(いつも本題までが長くてすみません)
音楽誌『SNOOZER』のインタビュー記事の中で、中村君がこんな事を言っていたことがありました。
確か新しいアルバムを出すタイミングの時の内容だったと思いますが、
「今までは隠し味を効かせて曲を書いてきたけど、もうそんなのではダメだ。粗挽きブラックペッパーぐらい刺激がないとみんな気がつかない。胡椒の黒い粒々が目に見えてないと」と、
言葉尻は違いますがそんな内容の事を言っていたことがありました。
はっきり言わないと、言っている意図がみんなに伝わらない。曖昧なニュアンスで言っていても伝わらない、ということを言っていたと思います。
包んで優しく言っていては届かない。
もうはっきりと言うべき時なのだと。
それから確かに中村君の音楽は少し変わりました。
隠し味の時の中村君の代表曲を、まずはよかったら聴いてみて下さい。
永遠なるもの / 中村一義
“愛がすべての人たちに分けられていますように”
“感情が全ての人たちに降り注ぎますように”
“全ての人たちに足りないのは
ほんの少しの博愛なる気持ちなんじゃないかな”
中村君も「陰」を強く持つ人だと思うので、言っていることに深みがありますし、ピリっとしている部分もありますが、この時の彼の音楽は柔らかに優しく暖かいです。
この時はまだ「隠し味」としての味で、ペッパーの刺激は感じません。
余談ですが、この歌詞に出てくる
“スヌーピー大好きな奴が重タール漬けガイでもいい”
というのは『SNOOZER』編集長のことであるそうです。歌詞にも登場することから彼らのいい関係性が見えます。
次に、粗挽きブラックペッパー投入後の曲を、よかったら聴いてみて下さい。
ゲルニカ / 中村一義
“死んだふり なら死ねよ”
刺さります。
これはペッパー効き過ぎてますが、対比させるためにパンチが強いものをここに出させてもらいました。
隠し味ではみんな気がつかない。
隠し味が多少変わったところで何も変わらない。
粗挽きブラックペッパー振り掛けるぐらいパンチを効かせないと。
眠っている私たちを起こすことはできない。
「隠し味」と「粗挽きブラックペッパー」の対比を見ていただきました。
ここからまだ続きがあるのですが、長くなってしまったので、続きは次回に載せようと思います。
次回は、「粗挽きブラックペッパーを振り掛けて伝える事」について考えてみたことを書いていきたいと思います。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
次回に続きます。