君の未来に僕はいる?
彼女が流した涙の理由がわかったのは、少し後のことだった・・・
僕と彼女の出会いは、どこにでもある平凡な毎日の中で訪れた。当たり前のように流れる時間の中で生まれた、特別な時間。
お互いに惹かれ合うまでは本当に一瞬だった。そこには、なんの戸惑いも躊躇もなく、二人の距離はどんどんと近づいていった。そんなある日。
僕と彼女は昼下がりの公園を歩いていた。しっかりと手をつないで、同じ速さで。すると彼女がひとつの看板を見つける。
占いの館
「ねぇ、あそこに行ってみようよ」
「え? 占い? オレしたことないんだけどな」
「じゃあ、ちょうどいいじゃん。占ってもらおう」
彼女に引っ張られるように占いの館とやらに入っていく。中はたくさんのブースに分かれていて、占いの種類も数えきれないほどあった。その中から彼女が選んだのはタロット占い。
「私、タロットって初めてなんだ」
そう言いながら、ニコニコしている彼女と一緒に占い師の前に座った。
「今日はどんなことをお知りになりたいんですか?」
占い師の女性が優しい口調で彼女に問いかけた。
「はい、私と彼のこれからについてお願いします」
きっと、ここの看板を見つけたときから決めていたのだろう。
「わかりました。タロットは占いというよりも、お客様自身が選んだカードによって、その運命や進むべき道を示してくれるものです」
真剣な表情で説明を聞く彼女。そして、僕はその横顔をじっと見つめていた。
何枚かのカードを引くように言われた僕は、言われた通りの数枚を選んでテーブルに置いて行った。そして、そのカードを見ながら、占い師の女性がゆっくりと話し始めた。
二人の相性は悪くありません。男性がリードしてあげください。彼女さんはとても感受性が豊かな方です。
どの言葉もそれほど重要な事ではなかったし、新鮮に感じることもなかった。だって、占いをしてもらわなくてもわかっていることばかりだったから。
しかし、最後の言葉だけは少し違っていた。
「お二人が進む先には壁があるようですね」
壁?意味が分からなかった。この先、僕と彼女の間に乗り越えなければならない問題でも起きるのかな?
そんなことをなんとなく思い浮かべたけれど、たいした問題じゃない。だって、たかがタロット占い。そう思っていた。
でも、それは彼女にとってはそうじゃなかった。
占いの館を後にするとき、彼女は泣いていた。必死で涙が出るのを我慢しているんだけれど、抑えきれない涙を何回も拭っていた。
僕はその涙の意味を勘違いしていた。
きっと僕との未来に壁があるなんて言われたことが、悲しくて仕方なかったんだろうって。だから、彼女に声を掛けた。
「大丈夫だよ、きっと壁なんてないし、あったとしても二人一緒にいることが大切なんだから。オレがずっとそばにいるから安心して」
この時、あとでどれほど僕と彼女が苦しむかわかっていたら、きっと軽々しく口になんかしなかった。
そばにいるから安心して・・・なんて。
その日も、いつものように彼女と待ち合わせをしていた。そこにある普通だけど特別な景色。
笑っている彼女と手をつなぎ、ゆっくりと歩く街並みは、一人で歩くときより何倍も色鮮やかだった。きっと幸せってこんなことを言うんだ。
だけど、僕の幸せは思いもよらないカタチで消えてしまいそうになる。まるで手のひらから砂がこぼれていくように・・・。
そのときの彼女の顔ははっきりと覚えている。
とても怖がっているような瞳。迷っているような唇。それまで僕が見たことのない表情がそこにあった。
「実はね、言っておかなきゃならないことがあるんだ」
突然、彼女が話し始めた。僕の心臓が一瞬バクンと波打つ。
「ん?なに?」
平静を装いながら言えたのはそれだけだった。
彼女は、本当にゆっくりと話を始めた、言葉を選んで。
「もしも、今から話すことを聞いて、あなたが離れてしまうんだとしたら、私は諦める。だから、話し終わったらちゃんと答えを聞かせて」
僕は自然と彼女の手を握っていた。離さないように強く。
「私、ずっとバツイチだって言ってたよね。でもね、本当はまだ結婚してるんだ・・・」
彼女の告白を聞いても、僕の頭の中は冷静だった。だって、そんなわけないじゃんって、すぐに思えたから。
いつでも連絡できたし、いつだって会えた。彼女の生活に制約なんて微塵も感じられなかったんだから。
「でも・・・」
僕が聞きたいことを、彼女は先回りして答える。
「そう、私、まだ結婚してるの。だけど、ずっと別居してるからわからなかったよね。自由な時間もたくさんあるし。自分だって既婚者だってことを時々忘れてしまうくらいだから。子供もいないし。」
僕は何も言葉にできなかった。その瞬間、驚きも悲しみも嘆きも、すべての感情は凍り付いてしまったんだろう。
「このまま嘘をつき通すことだってできたんだよ。でも、あなたに嘘をつき続けられる自信がなかった。出会ったときは、こんなに楽しい時間を一緒に過ごせるなんて思ってなかったから。そのうち、話せばいいやって。ごめんね。でも、本当にあなたのことが好き」
僕はあの時に彼女が流した涙の理由がはじめてわかった。
(二人の前にある壁・・・)
僕の彼女 結婚している彼女 大切なヒト 大切な想い。
頭の中で繰り返される彼女の言葉。
(まだ結婚してるの)
(本当にあなたのことが好き)
すべてを話した後、答えを聞かせてくれといった彼女。僕の答えは決まっていたはずだった。
「結婚しているとしても、オレが君のことを好きな気持ちとは関係ない」
って。
でも、僕はそのことを彼女に伝える前に、一瞬立ち止まってしまった。
(結婚しているってことは、彼女の立場が変わらない限り、彼女は永遠に僕のものにはならないってことだ)
って瞬間的に思ったから。
だけど、そんな気持ちに気が付かないフリをすることだってできる。
(結婚しているとしても、愛してる)って。
だけど、その言葉を言った瞬間に裏側にある(自分だけのものにはならないけど、それでいいよ。だけど好き)っていう、無責任さがたまらなく嫌だった。
覚悟がない「好き」にいったいどれほどの価値がある?
彼女からすれば「結婚していても僕の気持ちは変わらない」という答えがいちばん心地いいはずだ。その言葉の無責任さに気が付かなければ・・・。
色々と考えたけれど、僕は自分勝手にはなれなかった。そして、いまも答えを出せずにいる。
悩んだし、苦しんだし、諦めようともした。そんな中でたったひとつだけ気がついた事。
それは、僕が守りたいものは彼女の未来なんだってこと。
でも、そこから先をどうすればいいのか、今はまだわからないまま・・・。
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