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399.グッジョブ

「ねぇねぇ、Nに会った?」
 
Nは、長かった髪を、2月にショートヘアにしたのだけど、すごく似合っている。
兄の目から見た感想が聞きたくて、帰省した息子Tに尋ねたら、
 
「いや、会ってない」
 
と即答される。
 
「えーーーっ なんで?」
「俺が帰ってきたときは寝てたし、起きたときは、もうバイトに行っておらんかった」
「同じ家にいるのに? 4カ月ぶりに帰省してきたのに? まだ会ってないの?」
 
Nは、久々に帰ってきた兄に、挨拶しようと思わないのだろうか?
朝出かける前に、部屋をのぞいて、声をかけようと思わないのだろうか?
 
(仲悪いの?)
 
***
 
昨年の4月から社会人となり、赴任先の広島で生活しているT。
GWが近づいても、何も言ってこないので、帰省しないのだと夫も私も思い、広島でどんなふうに過ごすのかラインで尋ねてみたところ、
 
「4日に帰るつもり」
 
という返事。
しかも、5月2日の夜。

(いきなり、そんなことを言われてもーーー!)

そもそも、私は、介護のため、夫やNと離れて、父の家にいるので、Tが帰省しても時間を作らないと会えない。
出かける予定があるし、Nはバイトがあるし、夫も予定がある。
 
だけど、帰省するなら、みんなでごはんを食べたりしたいやん!(36倍角)
 
さっそく家族ラインで、それぞれのスケジュールを自己申告したところ、息子は、中学時代からの友達や、大学の同期や、会社の同期や後輩などと会う予定が毎日入っていて(おそらく、そのための帰省)、娘はバイトのシフトが入っていて、父はデイサービスに行っているから、家族がそろって、ごはんを食べるすきま時間はない、ということがわかってがっかり。
 
(家族そろって、ごはんを食べる、というあたりまえのことが、実現しないなんて)
 
Tが帰ってくるという4日の夜は、私がいる父の家に夫が泊りに来て、翌日、父がデイサービスに行ったあと、2人で大阪市内に出て、ランチ&映画の予定だったので、息子のすきま時間のランチタイムに、地元のイタリアン食堂へ行くことになった。
 
窯焼きピザが食べられるお店だ。
バイトが入っているNは、ブイブイ怒っていたけれど、また日をあらためて食べにくることに。
 
5日の朝、夫は、前夜に乗ってきた自転車で自宅に戻り、ランチタイムに合わせて、今度は車でTとやってきた。
目の前に立っているTは、4か月ぶり。
4月には後輩が入社してきて、先輩社員になったわけだけど、特に顔つきが変わったということもなく、まあ、いつもどおり(笑)
 
車を実家に停めて、そのまま歩いていく。


席に着くと、テーブルに所せましと置かれたランチメニューに心を奪われ、前菜+デザートのセット&ピザやパスタを人数分頼んでしまう。
 
そのあと、壁一面に描かれたアラカルトの、おいしそうなメニューが視界に入ってきて、
 
「ああいうのも食べたいなー」
 
とつぶやく。
 
「いつも、そう言ってるよね」
 
と言う会話を、もう何度も繰り返している。


そういえば、昨年のGWに、一人暮らしを始めた息子のマンションを訪れた夜も、イタリアンの店だったことを思い出す。
 
(Tが食べたがったからだな)
 
お金は、こちらの家計費から出すつもりでいたのに、なんのタイミングでだったか、
 
「ここは俺が」
 
と言うので、夫も私も、文字通り〈目がテン〉
 
だって、広島で独りで暮らして、お給料の中から、家賃も食費も光熱水費も全部出しているのだから、実家暮らしより出費が多く、お盆やお正月の帰省の費用までかかる。
 
私にしたら、新幹線代は出してやろうと思うし、お小遣いもあげたいくらいで(もちろん、受け取ってくれないけど)、それって、Tのことを、小さな子供のころのように、まだ思っている(思いたい)のだと気がつく。
 
(Tに、ごちそうしてもらう日が来るなんて)
 
思わず、夫と顔を見合わせ、どちらからともなく、パチパチパチ…… と、胸の前で、音を立てずに拍手。
 
「なんでやねん」
 
と、Tに言われたけれど、とにかく二人でパチパチパチ……。
 
(ここ、涙ぐむとこです!)
 
夫がちらりと貯金の額を尋ねると、年末に聞いたときより、数十万減っている!

(あらら)
 
お給料をもらっているのに、貯金が減っているというのは、毎月のお給料を全部使って、さらにまだ使っているということなので、かなり使っていることになると思うけど、残業で自炊もしなくなったようだし、飲み会が多いらしいし、ゴルフも始めたというし(広島には、たくさんゴルフ場があるそうだ)、服や靴、小物にもこだわりがあるので、いろいろと物入りなのだろうと思う。
 
来年の6月には、東京の本社か支社に転勤なので、広島での生活もあと1年。
 
気候もおだやかで、空が広くて、緑が多くて、川があり、海も近くて、交通が便利で、恵まれた赴任先だと感謝している。
東京での勤務も、Tは、服や小物が好きなので、お店巡りが楽しみらしい。
 
数年ごとに転勤が続く今の会社で、
 
(いったい、彼女はできるのか?)
(結婚して、ついてきてくれる人はいるのか?)
(ずっと続けるのか?)

……私は大阪から出たことがないけれど、Tを見ていて、人生において、いろんな土地に行けるのは、おもしろそうだと思うようになった。
先のことはわからないけれど、なるようになるだろうし、仕事で、へこむことがあっても、赴任先でしか楽しめないことを満喫して、帰省すれば会う友達や仲間がいて、家族で特別な会食をすることなんて1ミリも考えていなくて、父親も母親も妹も、どこに住んでいても、壁紙みたいにあたりまえにそこにあると感じていられるのは、Tの健やかさだ。
 
料理がやってくる。
 
前菜+ピザ+ドルチェ+ドリンクのコース。


前菜は、お皿に少しずつ盛り付けてあって、見た目も美しく、おなかもすいていて、おいしくて手が止まらず、一口サイズなので、あっというまに食べてしまってから、テーブルに添えられたメニューに目が行き、


(こんなのあったっけ?)

と、味も形状も思い出せずにいる。
 
〈生海苔とカニ身のフリッタータ〉
 
こんなおいしそうな前菜の、詳細な味わいの記憶がないという不覚。
 
さらに、前菜のあとに、モッツァレラだったか、なんだったか、チーズときのこのピザがやってきて、あまりにおいしそうで、さっさと取り分けて、夢中で食べてしまったあとで、
 
(あっ)

写真を撮っていないことに気がつく。
 
(おいしいってことだよ)
 
続いてやってきたパスタは、ナスとモッツァレラのトマトベース。
王道の味!


「モッツァレラって、なんのチーズやったっけ?」
「水牛」
 
ふと、(水牛って何?)という疑問が湧く。
 
「水牛って、どんな生態? 水の中にいるの? 乳牛はお乳でしょう? 肉牛は肉でしょう? 水牛は? なんで水?」
 
水牛のことは謎のままだったが、モッツァレラチーズはおいしすぎ。
 
最後は、Tが選んだタコとチーズのピザ。
タコがぷりぷりで塩の味が絶妙。

ここでもまた、家族で「タコフェリー」に乗って、明石から淡路島に行ったことなどを、夫と私はなつかしむ。
始めての子育てを、本当に、楽しませてもらった。
 
(何をしたら歓ぶかな)
(何を体験させようかな)。
 
すべてが子供たち中心にまわり、それが夫婦の歓びでもあった日々は、独身のときには想像しなかった世界だ。
 
自分がそんな気持ちになれるなんて思わなかったし、その後いろいろ、成長に応じて悩みや葛藤が出てくるにしろ、かけがえのない宝物に変わりなく、小学生くらいまでのことを、何回でも反芻してしまう。
 
3~5歳まで、GWといえば、ATCでやっているトミカ博か、プラレール博に行っていたときのことを、夫と私は、昨日のことのように思い出せるのだけど、Tは、詳細は覚えていないらしい。
 
(あんなに、きらきら目を輝かせていたのに!)




Tは、このあと、同期と食事に行き、夜遅くなるという。
次に会えるのは、お盆。
Nは、Tが出かけたあとに、バイトから帰ってくるので、2人はまたすれ違い。
同じ家にいるのに、こんなに会えないものだろうか?
 
「明日の朝は会える」というので、2日も顔を合わせていないことに笑ってしまったが、よく考えたら、私もNと1ヶ月くらい会っていないことに思い当たる。
 
ランチができなかった埋め合わせに、夫とNは、自宅近所のモールで外食をするというので、その前に父の家に寄ってもらうことにした。
6時ごろになるという。
 
やってきたTは、就活に備えて、髪を黒に戻している。
ハグハグーーー。
 
それにしても。
お昼は、夫×私×T
夜は、夫×N、父×私 
一瞬だけ、夫×N×私×父
 
1日の中で、寄木細工のように、さまざまな組み合わせのピースがはめられていくのに、全員そろうことがないとは。
 
翌日、広島に帰っていったT。
Nからは、ラインにこんなメッセージが。
 
「今日のバイトは、バイト前に兄ちゃんに誕プレとして黒のキャップを買ってもらえたから頑張れた💪」


広島に帰るTは、バイトに行くNと一緒に出掛けて、大阪で途中下車して、Nに誕生日プレゼントを買ってやったらしい。
 
(T、グッジョブ)
 
浜田えみな
 
 

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