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初めての妊娠そして流産と金の指輪

私の人生はじめての妊娠は、婚約してすぐだった。
2019年12月に婚約して、顔合わせやら結婚式の打合せやら色々バタバタと過ごし、入籍日を2020年3月3日に決めて、新居に引っ越したばかりだった。
その時私は34歳で夫は31歳だった。

生理がきていないんじゃない?と夫の方が気付き、
言われてみればそうかもと期待も不安もないフラットな気持ちで妊娠検査薬を試したら、まさかの陽性。

確かにもう結婚するし、と思って婚約する前後から特に避妊はしていなかった。
どちらからともなく。

私も彼も、子どもを持つ持たないの議論はきちんとしたことはなかったが、二人ともいずれ授かったらいいなという漠然としたイメージはあった。
でも、こんなにすぐにできるなんて。

嬉しいというより、色々はじめてすぎて気持ちが追い付かなかったというのが正直なところだった。
もちろん、ネガティブな気持ちはない。夫も同じ感じだった。
ただ、もう結婚式場も決めてしまって、ドレスを選んでいるところだった。
慌てて予定日を計算してみる。
うーん、見事に結婚式は出産の直前である。
あまり冷静に考えられていなかったが、結婚式はキャンセルしなければならなさそうだということはぼんやり頭の中に浮かんだ。
そんなこともあって、私と夫は突然やってきた命に、くすぐったいような恥ずかしさが混ざった嬉しさと、目の前の現実との折り合いに少し戸惑いと、その他色々な感情を抱えていた。

今思えば、ひとつの命を目の前に、結婚式の日取りなど本当にどうでもいいことだったのだが…

さて戸惑ってばかりもいられず、とりあえずどこか病院を探さなくてはならない。
引っ越したばかりで地元の行きつけの病院もない。
そして当時私はベンチャー企業に転職もしたばかりで相当な激務をこなしていたため、慌てて会社の近くの婦人科を探して予約をした。

「おめでとうございます、妊娠していますね。」

エコーには小さなゴマ粒みたいな赤ちゃんの袋が黒く映っていた。
それだけだと正直どうにも実感が持てず、
「ほぅ・・・」と「はぁ・・・」が混ざった感じだった。

機械的に「それではまた2週間後に来てください」と言われたので2週間後に予約をする。
少し気持ち悪い気もするがそこまででもない。
世の中のいう「悪阻」っていつからなんだろう。
どれくらいなものなんだろうか。

とにかく仕事が忙しくて、あまり妊娠のことも深く考える余裕もなく2週間後の健診に向かった。

赤ちゃんの袋はあったが、あまり成長していないようだった。
今考えると、もう心拍確認できる時期だったのだけど、心拍は確認できていなかった。

「あまり成長していないようですね…
もしかしたら成長が止まってしまったかもしれませんが、
様子を見たいのでまた1週間後に来てください」と言われる。
この時気持ち悪い感じはあまりなかった。

そしてまた1週間後病院に向かう。

この病院は良くも悪くもとても機械的だと思った。
個人情報がすごく上手に守られていて、絶対に番号で呼ばれる。
本人確認するための名前の照合もヒソヒソ声で行われる。
院内は綺麗だけど完全予約制で待合室の患者の数も少なく、
受付の人との距離も心なしか少し遠い。
嫌な気はしないけれど、温かみはまったく感じなかった。
後から調べてわかったことだったが、
その病院では中絶手術も多く扱っているようで、
そういう意味でも個人情報を守ることがとても優先順位が高いんだろうな、
と思った。
もう4年前ということもあり、先生の顔なども思い出せない。

さて、いつも通り診察台に上がりお腹の中をエコーで診てもらう。
やはり赤ちゃんの袋は成長しておらず、心拍も確認できなかった。
「残念ですが、、赤ちゃんは成長が止まってしまいました。」
と言われた。
初期流産はとても多いこと、
お母さんのせいではないこと、
など説明してもらった気がする。

自然に出てくる場合もあるし、
日帰り手術で出すこともできますよ、との説明。

自然に出てくるってどんな感じなんですか?と聞くと、
生理痛みたいな痛みが来て、血の塊として出てきますとのこと。
そしてその痛みは結構痛いそうだということ。
どうしますか?と聞かれる。

実はその次の週からニューヨーク出張が決まっていた。
今の私なら妊娠がわかった瞬間キャンセルするのだが、
その頃の私は行く予定で話を進めていたようだ。
出張中にいきなり大きなハライタが来てもらっても困るなあ…
と思い、日帰り手術を選んだ。

日数もあまりないので予定は必然的にすぐに決まり、
手術は新宿の病院に行ってもらいます、とのこと、
その他色々説明を受けてその日は帰宅した。

親友や母親に話したらとても心配してくれて、
もう既に小さい子供がいる親友は電話口で泣いてくれていた。
母親も手術の日に一緒に付き添ってくれた。
夫は仕事だった。

私の気持ちはというと、
あっという間の出来事だったので、
さみしいとか悲しいとかも少しあったが、
妊娠してもすぐ流産することもあると聞いていたので
こんなものなのかな、、とも思っていた。

手術当日。
私は麻酔をかけられていたため、気が付いたら処置が終わっていた。
あれ、私の赤ちゃんは…?
聞くことすらできず、
病院に行って着替えて台にあがり麻酔から目覚めて少し休んだら帰らされた。
一瞬でも宿った命のかけら、自分の一部となってくれた命、
どんな姿でもいいからひと目見たかった…。
きっと、捨てられてしまったんだと想像すると、とても胸が苦しくなった。
そして家に帰って、はじめて泣いた。
またすぐできるよ、と気軽な夫に対して、八つ当たりも含めてすごく怒った。

転職したばかりの会社では相変わらず毎日激務だったため、
手術の次の日だったか、その次の日だったか忘れてしまったがすぐに仕事に戻った。
その時の上司は少し年上の男性だったが、
「身体と心は大丈夫?ところで…」
と私の仕事へのダメ出しを30分くらい話し続けていた。
これはさすがに堪えた。

数日後その上司ともう一人の同僚と、ニューヨークで落ち合う。
私の身体は何もなかったかのような状態だし、
思い出して涙してしまうこともなかった。
それでもどこか心がぽっかりしていた。

初めてのニューヨークで仕事をこなし、
観光も少し楽しんだ。
一人時間ができたので、ティファニーのブティックに寄って金のリングを買った。
今回私のお腹に来た子を忘れないために。

その子は今でも毎日私の右手にいる。






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