今月見た映画(2019年5月~12月)
いや、もはや「下半期見た映画2019」ですが。今年は今までにないくらいあっという間に時間が過ぎていく。少ない中でも巡り会えました、良い映画。
オーケストラ・クラス(原題:LA MÉLODIE)
パリのとあるやんちゃな教室で、厳格な音楽教師がオーケストラを教える。音楽を通して体験する挫折や失敗も、頑張った末の成功も、環境のせいで将来をあきらめがちな子どもたちを変化させていく―。
同じような筋書きは、ブラジルのスラム街で落ちぶれた音楽家がオーケストラを指導する「ストリート・オーケストラ」や、ベルリン・フィルが移民街の子どもたちと共に制作したダンス公演に密着した「ベルリン・フィルの子どもたち」にも登場しますが、どれも芸術的な表現活動がどれだけ人間の精神的な成長にとって大事かを教えてくれます。
グリーンブック(原題:Green Book)
1950年代から60年代まで米国を沸かせたピアニスト、ドン・シャーリーと、イタリア系移民のトニー・リップが南部地域をツアーで回るというロードムービー。人種隔離がまだ公然とあった時代の米国で、すでに北部地域では地位も名声も確立していたドン・シャーリーが、差別に対して気高く振舞おうとするところが何とも公民権運動時代らしいというか。
持ち前のガサツさで、ポリティカル・コレクトネスをぶっちぎってくるトニー・リップを道化役にしながら、黒人への差別的イメージを結局固定しているという批判もありますが、当時創業したてのケンタッキー・フライドチキンをほおばるシーンは、ロードムービーならではの美味しさにあふれています。That's finger lickin' good.
ヘイト・ユー・ギブ(原題:The Hate U Give)
「グリーンブック」に比べると、表向きは制度としての黒人差別が撤廃された後、今なお確かにある差別や偏見の中に生きる複雑さを、もっとダイレクトに表現した作品。恥ずかしながらthugの意味をこの映画で初めて知りました。
新聞記者
いろんな人から聞いていたけど、これはものすごい映画でした。ふだん眺めていたらスルーしてしまいそうになる、なんの変哲もないニュースが、重大なニュースにつながっているかもしれないんですね。最後の場面、ものの数分ですが、松坂桃李が決断を迫られ、やつれて虚ろになってしまう演技もものすごいです。
ブラック・クランズマン(原題:BlacKkKlansman)
「ヘイト・ユー・ギブ」を観るならこれも観よ、というススメを得て鑑賞。米国初の黒人警官が、ユダヤ系の相棒とともに白人至上主義のクー・クラックス・クラン(KKK)に潜入捜査するというコメディ作品。実話をもとにしているらしい。
「話し方で君は純粋な白人だとわかる」と黒人警官に語るKKK指導者のセリフ、本当にばかげていますが、当時は小さな集団だった差別者たちが、トランプ政権以降、信じられないくらい悲しい事件を起こし続けています。
マルクス・エンゲルス(原題:The Young Karl Marx)
映画は「木材窃盗取締法にかんする討論」という、マルクスが新聞記事に書いた小さなエピソードから始まります。ここから、生産と所有の関係を考えるマルクスの経済学が始まるのですと、昔大学で読み回したことを思い出しました。森の木は、誰が生産し、所有しているのか。その所有にはどういう権限が与えられているのか。窃盗とは何か。
映画は『資本論』の前までの、革命家マルクスとエンゲルスの若い頃を扱っています。個人的には、二人が日夜プルードンの新作を読みふけり、対抗するための本を書きあげる場面などに、切羽詰まった友人同士で家に集まって卒業論文を添削し合ったあの夜を思い出し、ちょっと懐かしかったです。
それにしても、最近のヨーロッパ映画では俳優のマルチリンガルぶりがすごすぎる。マルクスもエンゲルスも3ヶ国語ペラペラでしたわ。
<映画で学ぶ英語>
The hate u give little infants fucks everybody.
(小さな子どもに与える憎しみがすべてをクソにする)
「ヘイト・ユー・ギブ」のタイトルのもとになっている、ラッパー・Tupacのモットー。すべての単語の頭文字を取ると「THUG LIFE」となり、色んなラッパーが合言葉のように使います。アメリカの若い子がカッコつけてthugという言葉を割と気軽に使いますが、ここが由来かあ。
Americans can accept it, support it, and eventually, one day, he gets someone in the white house that embodies it.
(国民は受け入れ、支持して、実際にいつか彼はその理想を実現してくれる誰かを代表に持つだろう)
「ブラック・クランズマン」で、KKKの最高幹部デイヴィッド・デュークが政界進出を狙っているという話を、主人公の上司が持ち出す場面。主人公は懐疑的でしたが、まさにいま、この夢が実現してしまっているのです。