受益者負担から公益創造へ~みんなのためって、だれのため
「このような企画は初めてでしたが、とても良かったです。子どもたちには本当に癒されます。明日からまた頑張って生きていけます」(80代)
職場で主催した「みんなのオーケストラ!」という企画に寄せられたアンケートのメッセージに、私の涙腺はゆるみました。福井大学のオーケストラサークル(福井大学フィルハーモニー管弦楽団)の学生たちと約8ヶ月にわたり企画作りを重ね、0歳からお年寄りまで誰でも歓迎の、入場無料のクラシックコンサート。おかげさまで満員御礼でした。
入場無料イベントは、入場料収入がない分、費用対効果などその意義を問われがちです。ですが今回、来場された方はもちろん、実際に来られなかった方からも「いい企画だね」というお声を頂戴することが本当に多かった。その理由を、ちょっと因数分解してみます。
①すべての年齢層に届いた
アンケート調べでは、20代、30代、40代、50代、60代、70代、80代以上と、すべての年齢層が同じ割合で来場されていました。お客さんには0~5歳、小学生のお子さん・お孫さん連れの方も含まれています。冒頭の感想は、このような幅広い客層の中で生まれた印象だったと言えます。
②初心者から玄人まで楽しめるプログラム
入門的な導入から体験型のアミューズメント、本格的なコンサート形式の演奏と、短めのプログラムが組み合わされていました。初めての方はオーケストラのいろはを知ってから本格的な曲も聴いてみることができ、玄人の方も本格的な曲を楽しみにしつつ、いつもと違う客席の雰囲気を味わえて、経験値の違いに関わらず満足度の高い内容となりました。
③コンサートホールを拠点に、顔の見える関係ができた
県内外から福井大学に通っている大学生と、県内各地の中学生・高校生。リハーサルだけでなく、当日のお昼ごはんなどをワイワイ楽しく食べてくれている様子を見かけました。学生が中高生にどういうケアをしてほしいか、私からは特に指示していなかったのに、そういう光景が自然にできあがったことはとても嬉しかったです。
人脈もノウハウもリソースもめちゃくちゃ限られた地方のコンサートホールにとって大事なことは、それぞれの演奏家がそこで得た思い出のちからとネットワークで、その後も演奏家として歩み続けていってくれることです。ホールがここにあることを自分ごとに思ってくれる演奏家が、きっと新しい仲間を連れて、ふたたび帰って来てくれると信じています。
④多様な社会づくりのプロセスを共にする、見せる
今回は、年齢だけでなくさまざまな社会的な障壁のために、なかなかコンサートに足を運ぶことのできない人にも情報を届けました。
《参考》もしコンサートホールが100人の村だったら~SDGs達成のためにコンサートホールができること
今回はとくに、身体的・知的障がいのある方、医療的ケアを必要とする方が安心して来場できるように取り組みました。こうした取り組みを実際に一緒にやってみたり、客席から見てみたりして、自分でもやってみよう、と思う人が少しでも増えたらと思います。
⑤無料だから届く人がいる
客席が満席になった理由の一つとして、無料だったから、という要素は少なからずあるとは思います(ただし、内容と広報活動が充実していなければ、この要素はあまり重要ではありません。ここでは、内容と広報がきちんと成り立った上での話をします)。
入場料が高くて、行ってみたいイベントに行けないという人は、統計以上にかなり多くいるのではないかと思っています。お金が足りないと、時間も奪われていきます。ますます出かけられる心の余裕もなくなっていきます。
無料だからこそ企画を届けられる人がいる。そこで得た思い出のちからは、もしかしたら明日からの希望につながるかもしれません。冒頭の感想をくださった80代の方も、そう感じてくれたのだと思います。
お金があるかないかに関わらず、同じまちで一緒に生きていける。いざという時は、助け合っていける。公共のお金で運営されているコンサートホールは、本来そのためにこそ存在するべきではないでしょうか。
受益者負担から、公益創造へ。利益を受ける人のメリットばかりが強調されて、どんどん増える個別負担の時代から、誰かの利益をほかの人にも共有し、「みんな」にとっての利益を増やしていく時代へ。いち早く舵を切りたい、しがない地方のコンサートホール職員です。
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