■処女がめんどくさい
■「処女」というラベル
「処女がめんどくさい」
女子高生のとき、ずっとこう思っていた。
生まれたときから「処女」なのに、あるとき急に気づく。
「処女を早くなくしたい」
周りの友達は次から次へと「処女」というラベルから、
「大人」「女」というラベルに書きかわっていく。
まるで甘栗の渋皮を1秒くらいでツルリと剥いてしまう、
ベテランパートさんの手にかかったように。
そしてその皮の剥かれた栗たちは
「処女」にはできない魅力的な発言をする。
「昨日、やりすぎて腰が痛い」
「彼と変わった体位をした」
はあ、うらやましい。
心からこう思った。
と同時に「セックスってそんなに気持ちいいものなのか!」と
脳内がパンパンに膨らんでいた。
人生で見た、漫画や映画や本のエロティックなシーンを総動員して、
最高に期待しまくった。
でも、当時の私は、彼氏はおろか好きな人さえいない。
女子高でバンド仲間も女子。
家に変えれば小さな弟と祖母。
両親は別居。
父は遅い時間に帰宅。
帰宅後はバイトをしたり、家事をしたり、バンドの練習に行ったり。
そんな状況でどうすれば「彼氏」を作って「処女」を失くせるのか、
全くわからなかった。
友達は、友達の紹介や友達の兄や弟、というつながりで「彼氏」を作り、
「処女」を失くしている人が多かった。
紹介してーーー!
と腹の底から思っても、言っても、
私には順番がまわってこなかった。
学校終わりに八百屋のバイトで、
泥のついた大根や蓮根を洗い続けていたら、
いつのまにか自分がまるまる太ったいもみたいになっていた。
いも娘を男友達になんか紹介できない。
そりゃ、そうだよなあ……。
■「処女」卒業のチャンス
そんな私に、一つだけ不思議なチャンスがあった。
なんと「処女」を失くしてくれる人を紹介されたのだ。
古着屋の店長に。
地元に唯一の古着屋があった。
夏でもリーゼントに皮パンを履いている店長のもとに、
リーゼント多数、金髪、ドレッド、スキンヘッド、と様々なカテゴリの
人たちが集まっていた。
大分県北部では明らかに浮いている。
私も、よくそこに行き、音楽や洋服の情報を仕入れていた。
バンドメンバーの集合場所にもしていて、ライブもしていた。
いわゆる溜まり場だ。
そのお店で縁があって付き合う人もいた。
店長は常連客が処女かそうでないか、誰と誰が付き合ったか、
別れたか、あらゆる情報を握っていた。
そして、いつものように行ったある日。
「エミちゃん、処女やろ。この人誰でもヤッてくれるよ。ヤッてもらったら?」
あ、ハイ!よろこんでー!
いも娘に初めてのチャンス到来。
見ると、目の前には冷蔵庫くらいの大男。
坊主頭に後ろ髪が人差し指ほど長く、三つ編みをしていた。
若手のプロレスラーのように見えた。
「コイツ、ギンちゃん。ギンタ、この娘大丈夫?」
「ああ俺、まじで誰でも大丈夫なんで」
その大男は私のことを上から下まで眺め、静かにそう言った。
そこからしばらく沈黙が続く。
「あんた処女なん?」
「あ、はい」
また沈黙。
私は水になったオレンジジュースをズボズボを吸い込み、
待てよ、と思った。
早く処女を失くしたいけど、なんだこのモヤモヤは。
目の前には対応可能の男もいる。
今からなら、ラブホテルも空いているはず。
でもなぜか、この状況で「処女」を失くすことが不自然に思えた。
やっぱり好きな人と~、熱く「好きだよ」とか言われながらロマンティックに、
などは一切考えていない。
早く「処女」を卒業するには、機械的なほうがいい。
でもやっぱり、ここですぐホテルに行っては自分の負けのように思えて、
その日はテキトーに(バンドの練習行くとか弟の世話とか)やり過ごして、
お店を出た。
あのとき「処女」を失くせば、モヤモヤは無くなっていたのだろうか。
そして、性やセックスに関する価値観は変わっていたのか。
わからない。
でも「処女」を失くしてくれる人が一瞬だけ、目の前に現れたのは事実。
それが白馬に乗った王子様だったら、すぐに馬に乗っていたのか。
そういえば、道路交通法で馬は軽車両にあたるらしい。
歩道にあらわれたら、ひとまず車道に出るよう、王子を注意したいと思う。