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もろもろ、七転八倒の記

少し前のこと。
何事も、どうしてもやる気が出なくて、困ってしまった。
夏の暑さに背骨が溶けて、アメーバになったかと思った。

楽しいこと、好きなことを思い浮かべても、普段ならば楽しい気分になりそうなのにまったく元気が出なかった。
そもそも、気分転換にと散歩に出れば熱中症になってしまうような暑さなのだ。
炭酸の粒があっという間に弾けて消えていくように、思考も行動もとりとめなく散漫だった。

いちばん困ったのは、「絵を描く」ことが苦痛になってしまったことだった。


このときどうしても仕上げなくてはならないイラスト数点があり、ラフはどうにか提出したものの本画の段階でつまづいてしまった。
机に向かって筆を運ぶうちに、息が上がってしまう。
絵の具が紙の上に乗ってくれない。
だめだと思って寝転がって休むと、もう元に戻れない。
そしてまた無理に机に向かい。。の繰り返しだった。

先方に謝って締め切りを延ばしてもらい、自己嫌悪に陥りながら思い出したのは、美術予備校に通っていた頃のことだ。


わりと寒かった気がするから、季節は今より進んでいたと思う(現在11月初頭)。
この日は静物デッサンで、四角い大きな鏡の上に、ごろごろと小さなパイナップルが転がっていて、それを描きなさいという課題だった。

受験を控えて、みんなは必死だった。
狭いアトリエに受験生たちはみっちりとイーゼルを立て、モチーフを隙間から覗いては写しとっていた。
わたしも同じくその中にいて、木炭を握りしめていた。
意地悪とも思えるパイナップルの棘を、鏡の反射を、影を、やはり必死に追っていた。

木炭デッサンは、木炭紙という紙に描くのが一般的だ。
目が粗く、ふわふわと温かみのある紙である。
粒子の大きな木炭の粉を、粗い紙の表面に乗せるようにして描くのだが、慣れていないと苦戦する。

描いては消し、描いては消しを繰り返し、制作時間も後半に差し掛かった頃。
煮えた頭をイーゼルから離し、はっと我にかえって自分の絵を見た。


そこにあったのは灰色だった。ただの灰色だった。


数時間かけてこしらえたのは、ぼうぼうとけぶった煙のような灰色の板。
木炭が紙に付いていない。
パイナップルも鏡も、そこにはなかった。


呆然とするわたしを見かねた担任の先生に、面談室に呼ばれた。
そこで、はばからず声を上げて泣いた。
不安に思っていることをぶちまけ、もらったティッシュで顔を拭くと、少し落ち着いた。

アトリエに戻り、再び残りの時間を使って描き始めた。
完成した絵にはかろうじてパイナップルも鏡もあり、灰色の板は免れたと思う。


モロモロと崩れる木炭の粉のように、どうにもならない時はやってくる。
今回も、あの頃に似ていた。
うだるような暑さが過ぎ去ったせいか、今はようやく落ち着いている。
何か対策を打ってそれが功を奏したのでもない。
ただただ時間が流れるうちに、状況が回り出したというだけだ。

そんなこともあるのだな、とやり過ごす術こそ必要なのかもしれない。


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きよはらえみこ
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