Kちゃんのこと
造形教室でアシスタント講師をしていたとき、Kちゃんという子がいた。
担任の先生が、別のクラスの先生に暴力を振るって要注意人物になっているんだと言うから、初めはどんな不良なのかと身構えた。
会ってみればなんてことはない、まだあどけない低学年の少年なのだった
(暴力というのはどうやら、力加減せずに先生をひっぱたいてしまったらしい。悪気はなくても、低学年であっても、それはかなり痛い)。
Kちゃんはとにかく元気な子だった。
彼はおしゃべりが好きで、授業中に学校のこと、家族のこと、春休みに旅行に行くことなんかを盛んに話しまくっていた。
そしてじっと座っているのなんかもったいない、というふうに、ぐるぐると教室の中を練り歩いた。
ケガをすると危ないから、しょっちゅう先生に注意されていた。
Kちゃんはどういうわけかわたしを気に入ってくれて、会えばせんせー!と走り寄って来てくれるのがかわいらしかった。
なかなか完成しないけれど、集中して力作に取り組んでいるときもあって、伸びやかでいいなあと思っていた。
お迎えに来るKちゃんのお母さんもまた、パワフルな人だった。
明るく頼もしい「かあちゃん」という感じで、道具を片付けない息子に発破をかけ、外に飛び出そうとするのを制止し、いつもふたりでわーわー言い合いながら帰って行くのが微笑ましかった。
印象的だった出来事がひとつある。
うちの子下手で、なかなか上達しないんですよー。
全くしょうがない子ですよねえ、という風にお母さんが担任の先生に話していたことがあった。
わたしは授業の片付けを手伝いながら聞くともなく聞いていた。
いえいえ、Kちゃんはできるようになったことがたくさんありますよ。
以前は引けなかったような線を引くようになったし、イメージを形にできるようになってきました。
その子ごとにペースは異なるけれど、確実に成長していますよ。
先生の言葉を聞いて、お母さんは、まあそうですかそうですかとちょっと意外そうな顔をした。
それからぶわわ、ぶわわわと涙を溢れさせ、そうですかありがとうございますと嬉しそうに何度も言った。
いつも通り賑やかに帰って行く後ろ姿は光り輝くようで、なんとなく忘れがたいものになった。
あの教室には行かなくなって、Kちゃんにはしばらく会っていない。
もうわたしのことなんか忘れてしまったかもしれない。
なにしろ、子どもの成長は驚くほど早いのだ。
きっと今、Kちゃんはあの頃よりできることが増え、わたしの知らない線を引くのだろうと思う。