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<おとなの読書感想文>長い道
やや年季の入っていそうなマンションのベランダ。
家事をこなす妻を眺めながら、夫は外置きの洗濯機にもたれて座っています。
穴のいっぱい開いた鍋の蓋を頭に被って。。。
最初に見たとき、これはなんだろうと思ったのでした。
この夫婦はお金がなさすぎて(ガスや電気が止まったりしていますし)、鍋の蓋を新調する余裕もないのか。
でもいくら使い込んでも、こんな風に穴が開くことってあるかしら。
何度目かにようやくわかったのです。
これは夫がもたれかかっているもの、二槽式洗濯機の、脱水槽の内蓋だ!!
「長い道」(こうの史代 双葉社、2005年)
あきっぽい遊び人の夫・荘介と、おおらかで図太くて能天気な妻・道の不思議な日常を描いたマンガです。
お互い成り行きで結婚することになったかりそめ夫婦で、その関係はいつ壊れてもおかしくない危うさをはらんでいます。
荘介は定職につかず浮気してばかりだし、対する道も「もし荘介どのの願いがかなって 本当に大切だと思う人に出逢った時 おかえりと言うのはわたしではなくなるのかもね」なんて平然と言ったりする。
二槽式洗濯機をわたしの家で使っていたのはいつの頃までだったか。
当時少なくとも周りの友人たちはそんなもの知らないと言っていたから、今となっては絶滅危惧種かもしれません。
脱水槽の内蓋は、正しくはめないと上手く脱水できずに洗濯機全体が大きな音を出して暴れだします。
たかが内蓋といえど、今にも噴出しそうな内面をなだめ、静かにコントロールする、大切な役目を担っていたのでした。
食卓に向き合い、掃除をし、洗濯をし、一緒にみかんの袋をさげて冬の道を歩くうち、荘介と道の関係は少しずつ変化していきます。
感情という見えづらく移ろいやすく不確かなものを、より確かな日常の積み重ねでそっと蓋をし、慣らしていくことが必要な時もあるのだと、物語は静かに示しているように思います。
時間がこわばりをほぐし、ふたりが新しい道を歩き始めるまでの過程を描いた名作。
ちょっとレトロな風景に心癒されながら、ぜひ味わってみてください。
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