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【創作よみきり散文】恋しかるべき清水(きよみず)の

山の中ほどの森ちかく、
村のなかに、水の綺麗な泉があった。
子供がニ、三入るばかりのその泉のなかに、
常にある者が潜んでいた。

一匹の背中の蒼い、ダルマガエル。
水の中から瞳を爛々と暉らせる。

そのダルマガエルに、気になることがあったのだが。

ダルマガエルは、恋をしていた。

泉のほとりの山荘の 見目麗しき一人娘。
年の頃は、十七、八。

その娘の双眼は、盲目であったのだ。


いつもは、カエルは娘が水を汲むときに、
その手にも触れぬようそっと避けるのであったのだが。

ちゃぷん、と桶が入る度、
娘の手から遠くの方へ……。

ちゃぷん、と桶が入る度、
娘の手から遠くの方へ……。

カエルは、逃れていくのであった。

カエルは怖れていたのだ。
自分の醜い皮膚に触れて、娘が悲鳴を上げるのを、
その声を、
自分が醜いカエルであるのを思い知らされるときを避けていた……。

ただ、水の中から娘を見守っていた。
毎日、娘が水を汲みに来ることを。

或る日、泉の清水の中で 居眠りをしていたカエルだったが、

素晴らしい夢をゆめ見ていた。

自分が、村の立派な青年に姿を変え、
村の祭りで娘と手に手を取りあって、村の踊りを踊るのを。
憧れの目でみる村人のなかで、祭りのやぐらの傍で踊るのを。

彼女を庇いながら踊るのを。
娘は、双眼が見えないながらも柔らかい頬をほんのちょっぴり紅潮させ、

はにかむような微笑を浮かべる……。

ちゃぷん。

「きゃあ!」

娘は、その手に何かの感覚を感じて飛び退き、あっ、と泉の畔に転んで臥せってしまった。

駆け寄った山荘の翁に、
「どうしたのか? 」と、心配して尋ねられると、

「とても、嫌な感じがしたの。手に何か凄く気味の悪いものが当たったの! いやだわ! 」

それを、聞いてしまったダルマガエルは、暗く沈んで泉の奥に潜り込み、何処までも深く潜り込み、

悲しい淵にどんどんと潜り込んでいったのだった。

どんどん どんどん 潜り込んで沈んでいったのだった。




トップ画像は、mitomokさんの、
「子連れで北海道横断ツアー2018・イントロダクション(女満別〜網走〜阿寒湖〜層雲峡〜札幌)」
          です
    ありがとうございました。


©2024.3.30.山田えみこ










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