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【短編小説】くれないのパラシュート

 そのときまだ5歳の私は、親戚のうちに泊まるのが大好きで、と云うのも、他の家がどんなふうに普通に家庭を営んでいて、健やかに毎日を送っているのか伺い、「しらべる」のが好きだったからだ。

 よく幼稚園の休みや長期休暇になると、私はウズウズして親戚のうちに泊まりたい、と家族に訴え、そのなかで話し合いがついた従兄弟やお祖母ちゃんの家などに泊まらせてもらった。

 大抵は、親戚の家に泊まっても、自分の家に居るよりは退屈だった。
 同じ年の従兄弟は滅多におらず、そして、皆忙しい。あまり遊び相手にはしてもらえなかった。
 その家族が外出するときやデパートなどに行くとき、私は仲間外れだ。

 あるとき、祖母の家に泊まった。

 祖母は、とても細やかな人で、家のなかの掃除は行き届いていて、お風呂もお布団もとてもいい具合。布団などは、私が訪ねて来るまえに、天日に干してふっくらと寝心地のいい、ふわふわと軽い、おひさまの匂いのするいい感じのお布団に毎晩寝させてもらった。
 家のなかは、常に片づいていて、きれいに掃除されていて、いつもお祖母ちゃんの飲むお茶の薫りがふぅーん、とする。

 そんなお祖母ちゃんの心遣いや、
「お前は、亡くなったお祖父ちゃんに似てる、その足の血管の筋や食べ物の好みまで」
 と、しみじみ懐かしそうに語るのを、私はお祖父ちゃんを懐かしみ、私を愛おしんでくれていると感じて、ますますお祖母ちゃんの家に泊まりにいかなければ、という思いに駆られていた。
 細々と掃除をし、食事もうつくしく摂るお祖母ちゃんは、私の心のなかでの密かな自慢だった。

 そんなお祖母ちゃんは、いつか台所でかぼちゃを切るとき、丸ごと一つのかぼちゃを見事に出刃包丁で切り裂いていた。

「お祖母ちゃん、じょうずに切るねぇ、うちのお母さんはこの間、かぼちゃを切るとき、包丁を割ってしまったよ? 」
 お祖母ちゃんは、言った。
「タカコさん(私の母の名)が下手なんだよ」
 その冷たい響きがする言い方に、私はびっくりしたが、私は、それはすぐに忘れてしまった。

 私は、お風呂に入り、さんざん温まって湯気をたてながらお祖母ちゃんの敷いてくれたお布団の上に座り、ぼーっと飾りガラスの外を走る車の気配をうかがっていた。

 母は、父の経営する工場の、工員、事務員、営業を兼ねている。そして、母親業もしているが、それは充分でない。よく、母は幼稚園からのプリントを見逃し、私は遠足に弁当を持っていけなかったり、学芸会で私だけ違う服装だったり、プールに水着も持たされなかったりしていた。
 近所の子供のように、専業主婦でいつも家に居て、子供の傍でわらってくれている母親を私は夢見ていた。

 いつしか、その晩、私はおひさまの匂いのする布団のなかでスヤスヤと眠っていた。

 次の日、起きると今日は夏まつりだという。私は、近くに神輿が通ってくるのを心待ちにして待った。

 お祖母ちゃんの家の前の通りは、車が止められていて、歩く人でごった返していて、賑やかで、私はワクワクした。
 私の近くには、くれないのオシロイバナが群れをなして咲いていた。
「あんた、どこの子? 」
 近くで子供の声がした。私よりちょっと上くらいの少年がいた。
 私は、警戒した。近所の悪ガキのように通せんぼでもするのかと思った。
「見かけない子だね? ちょっと、待っててね」
 と、近くのオシロイバナの花をひとつ摘んでみせた。
「これね、おもしろいよ? 飛ぶんだよ? 」
「えっ!? オシロイバナが飛ぶの? 」
私は、警戒心を忘れて興味津々でその少年を見た。
 少年は、細身のちょっと灼けた整った顔をニコッとさせると、オシロイバナの花の根本、種の部分を摘んで丁寧に引っ張る。種は、雌しべの管をつないだまま、花弁からはなれ、そのまま引っ張るとパラシュートのようになった。
「あ、これは……」
 男の子は、ニコッと再びわらうと、その〝パラシュート〟をソラへ放り投げた。

 ひらひら、ひらひらと、くれないの花弁が宙に舞う。

「わあ……」
 少年は、さらにニコッと笑うと、群衆に消えていったのだった。

 私は、その晩、おひさまの匂いのする布団で考えた。
 あの子は、きっとしあわせな家の子に違いない。だから、あの花のパラシュートは、あの子のお父さんかお母さんが教えたに違いない。いつも、まわりにお父さんとお母さんが笑顔で居て、温かい空気が流れているに違いない……
 そんなことを想いながら、眠ってしまった。

 その次の日、私は家に帰る日を迎えていた。

 お祖母ちゃんは、私の家まで、バスと電車に乗り継いで私を送って行ってくれる。

 私は、お祖母ちゃんと一緒に近所のバス停で帰りのバスを待った。
 様々な車が音を立てて流れていく。
 バス停の近くにくれないのオシロイバナの群生があった。
 私は、それをじっと眺めていた。

 「父ちゃん! 」
 近くで声がした。
 「父ちゃん! 待ってよ! 」
 あの少年だ。
 父親らしい、たくましい大きな体つきの大人と一緒にその少年は居た。
 私は、顔をぱっと輝かせ、昨日のお礼を言いに行こうかと迷った。

 「お前のせいで、母さんが出てったんだろ! 面倒かけるな!! 」
 その大きな体をした大人は、少年をいきなり殴った。

 私は、その場で、目を見張り、なにか温かかった想いが崩れていくのを感じていたのだった。



              おわり

トップ画像は、保健委員さんの
    「散歩道の花(3)」です。
        ありがとうございます。



©2024.12.26.山田えみこ








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