振り子が真ん中にもどる時
子供の頃、よい成績だったり表彰されたりした時に、両親にそれを告げた時の反応が父と母とでは違っていました。
母はそれはもう自分のことのように喜んで、褒めてくれました。
父は一瞬顔がパッと嬉しそうになるのだけれど、決まって私に言うのが「天狗になるなよ」でした。そして「女は偉そうにしてはいけない、愛嬌の方が大切だ」とその度に言われました。
しかし長じて、母が私の成績などを喜んでいたのは、実はある意味自分の代理戦争のようなものだったことがわかりました。
母は、時代背景もあって自分が受けてきた男尊女卑のうっぶんを、私で晴らそうとしていたのでした。
つまり両親のどちらも、そのままの私を認めてくれていたのではありませんでした。
男に負けない優秀な人間になってほしい母と、他人には娘を自慢するけれども、娘本人には「生意気になるな!」と釘を刺す父でした。
当時の両親の年齢を優に越えた今になっても、私の中には子供時代に植え付けられた信念によって、なかなかそのままの自分を受け入れるのが難しいというパターンがたまに見え隠れします。
ましてや、私よりも田舎に育った年上の夫と、更に古い価値観を持っていた舅姑という存在と関わって生きるようになってからは、女性であるということが最初から「生きる上でのハンデ」のように感じられました。
ところが最近、コロナ禍の世界の中で、さまざまな事件を通して人々の意識にシフトが起こりつつあるようです。
「人間は平等である」という何度も何度も繰り返されてきたテーマが、本当の意味で人々の信念を揺さぶり、行動を促し、かつてない場所へと私達を導こうとしています。
「男性性優位のタイムライン」に私達は生きているのだということを知った時、男尊女卑は一部の国だけで行われているではないと理解した時、私は自分がなぜ今この地球に生まれているかの意味を知ったような気がしたのでした。
先進国としては社会構造にいまだに根強く男尊女卑が残る日本で、女性として生まれたからこそ見える風景があります。
また、海外に出掛けた時など、人種差別される側に自分がいると感じることで、自分達の中にも明らかに存在する人種差別の構図に気付く機会が訪れます。
差別の意識が全くない人間はいないと言います。どんな素晴らしい人であっても、自分が気づかないレベルで差別意識はあります。
そういう微細な感覚や意識を含めて、私達は本当にそういうものを超えていく次元に入っていくのだなと、静かに起こっている出来事を見ながら感傷に浸っています。
何かができるとかできないとか、優秀であるとかそうでないとか、外交的であるとか内向的であるとか、そういう比較する意識はもう必要なくなっているのだと思います。
子供達の世界においては、外からそういう風にジャッジされることへの抵抗は大きく、私達が作り上げた社会のシステムに合わない子供達の数が増える一方なのは無理ないことです。
私が子供の頃には、悲しいことに笑いものにされていた「人間の器と性別の合わない人たち」も、今では(まだ100%ではありませんが)堂々と生きることが受容されてきたことも、すべて同じ流れです。
「競い、比較し、優劣を争う世界」は、「受容し、協調し、創り上げる世界」へと変容しています。
すべての人が自分の内なる力を取り戻す世界になることは、男性性に偏っていたこの世界において女性性が高まるということと同じです。そしてそれはバランスを取るということに外なりません。
怒りを持ってバランスを回復する必要はないと思うのですが、一度片方に高く振り上がった振り子は、反対側に高く振り上がらないと真ん中のポジションには戻らないように、しばらくは少し過激な行動で平和や調和が語られることでしょう。
しかし、反対側に振り上がった「怒り」が収まり、真ん中のポジションに振り子が戻ってくるとき、私達の前には新しい世界が広がっていくのを見ることができるのではと感じています。
一人一人の意識がこの世界を創っています。
自分の掴んでいるものを注意深く俯瞰し、私達は「創りだす」意識であることを思い出し、「愛と調和」というお題目のようなものがリアルなものであることを知って生きていきたいと願っています。