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【青春小説⑤】ただ「愛しい」と思っていただけなのに…
〈前回のお話〉
◇◇◇
弁当を食った後、マイボトルのお茶を飲みながら
「どうしてここに清瀬さんと大野が一緒にいるわけ?」
と俺は聞いた。
◇
ここは体育館の裏のベンチ。クラスメートの清瀬さんと俺、そして俺の部活の後輩の大野と3人でこのベンチに座り、一緒に昼飯を食っていた。
最初、俺は、清瀬さんを探しにこの場所に来たのだった。ところが、ここに清瀬さんと大野が二人きりでいるのを見つけてしまい、今に至る。
その時、清瀬さんに「こっちにおいでよ」と呼ばれて、今はこうして3人で一つのベンチに座っているけど、こうしている間も、俺はずっと気になっていた。
どうして2人がここにいたのか…。
ちゃんと確かめておきたかった。
◇
俺の質問に対して、俺の左側に座っている清瀬さんは「えっ?」と小さな声を上げ、その後、言葉に詰まっていた。
何なんだよ、それ。余計に気になるじゃないか…。
すると、俺の右側で小さくなっていた大野が、突然、背筋を伸ばし大きな声で、
「実は僕、さっき、この先輩に告白したんです!」
…と言いだした。
その瞬間、俺は反射的に口に含んでいたお茶をブフォーーーー!と吹き出してしまった。
ゴホゴホ…ゲホゲホ…!
うっわー!メッチャ恥ずかしいーー!俺、何やってんだよ!
清瀬さんの前で、そして部活の後輩の大野の前で、まさか俺が口からお茶をブフォーーーと吹くなんて…面目丸つぶれじゃん。超カッコ悪すぎーーー!
お茶が気管と鼻に入って一瞬息ができなくなり、俺はマジで死にそうになっていた。いやマジでこのまま死にたい。
ゲホゲホ、ゴホゴホ…とむせながら、俺は以前、大野に恋の相談を打ち明けられていたことをふと思い出した。
まさか、あの時話していた大野の好きな人って…。もしかして…?
嫌な予感がする。
俺は思い切って大野に聞いてみた。
「お前が前に好きだと言っていた先輩って、清瀬さんのことだったのか?」
本当は、こんなこと聞きたくなかった。
でも、聞いておかなくてはいけないと思った。
胸の奥がどんよりと重苦しくなってくる。呼吸が浅くなる。
大野は、「はい…。」と答えた。
その時、俺の頭は真っ白になり、目の前が真っ暗になった。
胸が苦しい。心に大きな杭が打ち込まれたみたいに、とにかく苦しい。心臓がドキンドキンと激しく鼓動する。手足が冷たくなってきた。だめだ…。大野の言葉がしっかり聞き取れない。落ち着け、俺。
その後、清瀬さんが何か言っていて、それに俺も答えていたみたいだけど、自分が何を話したのか、何を答えたのか、後になって振り返ると何も覚えていない。働かなくなった頭を無理に回しながら、なんとか二人の話についていこうと俺は頑張っていた。
そんななか、清瀬さんが、
「ところでさぁ、どうしてフジマキはここに来たの?」
と俺に聞いた。この瞬間、俺はハッと我に返った。
そうだ…。これを渡そうと思ったんだ。忘れていた。
人間ってショックが大きいと、頭が上手く働かなくなるんだな…。ボーとした状態の中で、俺は自分の制服の胸ポケットから、映画のチケットを取り出した。
「これを渡そうと思ったんだ…」
清瀬さんを見つめた。清瀬さんはチケットを見て「あっ…」と小さく驚き、俺をジッと見つめてくる。
ああ、彼女はなんて魅力的なんだろう。もっと彼女の目を見つめていたいと思った。
「実は俺…」
と、そこまで言いかけて、ふと俺たちの横に大野が座っていることを思い出した。
大野は驚いた顔をして、俺と清瀬さんを見つめているのがわかる。
あっ、そうだ…。彼女は大野がずっと恋焦がれていた女性(ひと)だ。
俺が間に入ってはいけない。
俺は後輩の恋を応援してあげなくてはいけない。
◇
言いたかった言葉をぐっと飲みこんで、俺は気力を振り絞って清瀬さんに言った。
「このチケット、清瀬さんにあげるよ。大野と一緒に見に行ってこいよ。」
清瀬さんは目を大きく見開き、
「えっ…?でも、これって…」
彼女は口ごもり、受け取るのを躊躇(ためら)っている。
「いや、いいんだよ。これ、兄貴にもらったんだよ。でも、俺、こういうのガラじゃないから、清瀬さんにあげようと思ったんだ。」
ここまで言って、俺は無理やり笑顔を作った。
「ちょうど良かった。大野に告られた後だったなんて、俺、すげータイミングがいいな。これで二人で行っておいでよ。大野は俺と違って本が好きな文学少年だから、きっと清瀬さんと話が合うと思うよ。」
俺は立ち上がり、大野を見た。
「大野、清瀬さんを頼むぞ。彼女は俺の大切なクラスメートなんだから、絶対に泣かせるなよ。」
大野はビビった顔をしている。
俺はもうこれ以上、この場所にはいられない…。
「じゃあ、俺。そろそろ戻るわ。」
そう言い残し、俺は振り切るようにその場を去った。
◇◇◇
教室へ向かうつもりだったけど、そのまま校庭の裏の木陰へと向かった。
校庭の木の下のベンチも、校舎から死角になって人目につかない場所だ。教室には戻りたくない。誰にも会いたくない。
だから、あの場所へ行こう…と思った。
歩きながら、俺はいつの間にか泣いていた。
どんなに強く深く想っていても、その想いを断ち切らなくてはいけないことがある。
それを今、俺は人生で初めて体験している。
でも、どうやってこの気持ちを断ち切ればいいんだろう。
さっきまで気持ちが溢れそうだったのに、もう止められそうもなかったのに…。でも、この気持ちを俺は早くかき消さなくてはいけない。
ポロポロと目からこぼれる涙を手の甲でぬぐいながら、俺は校庭の木陰のベンチに座った。
さっきまで俺の横に清瀬さんがいたのに、ついさっきまで俺の一番近い所にいてくれたのに、今はとても遠くに感じる。
彼女の香りを感じていたのに、彼女の笑顔を初めて見たのに…。俺は全てを諦めなくてはいけない。
こらえきれなくなって、腕で顔を覆い、俺は嗚咽した。
愛しくて恋しくて切なくて苦しい…。心がつぶれてしまうそうだった。
自然と涙が溢れてくる。
ジッと声を押し殺しながら、溢れるままに俺は泣き続けた。
◇◇
〈つづき・第六話〉
◇
〈これまでのお話はこちら〉下のマガジンに全話収録中
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