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唇でティッシュで噛むしぐさ

絶滅危惧動作図鑑 藪本晶子 今月のふみサロの課題本です。
 今でも化粧するたび、 
 唇でティッシュを噛む母のしぐさが懐かしい
いつか書きたいエピソードでした。

 引き出しにちびた口紅がごろごろしている。毎朝化粧するたび、ちびた口紅を見て母のしぐさや繰り返し言った言葉を思い出す。
 母は晩年外で食事することを好んだ。
軽い障害をもつ弟のために三度の食事作りは欠かさず、自分は食べなかった。自分の作る料理(野菜いため)には飽きたという。(弟は母の食事しか食べないのだ)

出掛けに鏡の前で口紅を塗る度、私に云った。
「一度も口紅買ったことないの、でもこんなにたくさんあるのよ」と誇らしげに笑い、そして最後に唇でティッシュペーパーを噛んで押し当てるしぐさをした。(姪っ子や友だちからもらった口紅だ)
 母の誇り高さを感じる瞬間だった。

今,私は毎朝口紅を塗る度誇らし気な、凛とした母を思い出す。
 
 母は19才で未婚のまま私を生んだ。その後結婚したが、離婚。子ども4人を育てた。
 気が強く、思ったことをズバッと口にするが、義理堅く真面目で、周りからは頼りにされていた。自分の暮らしはつつましく綺麗好きで丁寧な暮らしをしていた。
 私は母と似ても似つかない。「だらしない!」とよく叱られた。歯に衣きせぬストレートな言い方に私は傷つき反抗したものだ。
 それでも、母は何かあったとき真っ先に駆けつけてくれた。息子が不登校になったとき、また我が家が火事に会い、途方にくれていたとき沖縄から飛んできた。

 晩年は、大事な相談があるから帰ってきてと盛んに言うようになった。帰っても大した相談はなく、ただそばにいることが嬉しそうで、思い出話や日ごろの愚痴話をする。

 明日は帰るとなったとき「来る前は今か今かと首を長くし、帰った後のさびしさったらないよ」とつぶやき飛行機代を出してくれ、小遣いまでくれた。
 帰る朝は早く起きて、鰹ぶしを削ってお湯をかけるだけの沖縄定番の
「鰹湯(カチュウゆう)スープ」を作ってくれた。別れの朝の儀式だった。スープを飲むとき私も母も無言だった。
 そして、見送るとき口紅を塗って「一度も買ったことないけどこんなにたくさんあるの」と誇らしげに言い、ティッシュを唇で噛む。
そんな母のしぐさをもう見ることはできない。
 

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