マッチングアプリ体験談17-5
●第17話「マグロ男」5
前回の話はこちらから。
やっと缶を空けた男は立ち上がり、2人で駅へと向かった。大人しく350mlにしとけばいいのに、ロング缶など買うから飲み切るのに時間が掛かるのだ。
お酒のせいか、緊張のせいか、男は電話で話す時よりも饒舌だった。「僕の手を強く握ってくれませんか」などと言うもんだから、それぐらいのお願い聞いてやってもいいぞと差し出された手を握ったら「あ…あ…」と反応に困っていた。お前はカオナシか。はっきりしやがれ。私はすぐに手を離した。
「僕、マスク着けてるの暑いし、苦しいし、好きじゃないんですよね」生活が変わって毎日マスクを着けるようになった人が大半だろう。男は人がまばらになった場所では顎までマスクを下げていた。それは別にいい。私も屋外で人との距離が保てればマスクを外す。しかし、一緒に歩いているのは居心地が悪かった。私自身がマスク警察なのではなく、中途半端なファッションが私の美学に反するのだろう。
23時を過ぎた電車に乗っている人たちは皆、疲れている。仕事帰りか、飲み会帰りか、とにかく眠そうな人たちばかりだ。私たちが乗った駅では8人がけの座席なら2人分は空いている程度の混み具合だ。向かい側の座席には、真上を向いて口を開けて寝ている20代前半の男性と脚を大きく開いて腕を組んだまま隣の人に向かって船を漕いでいる40代男性、その40代男性に寄り掛かられて隣の女性にもたれている50代男性に目が行った。
男は「仲良さそうだね」と40代と50代の男性を指したり、さらにその隣で迷惑そうな顔をしている女性に対して「他の席に移ればいいのにね」といらない助言をしたり、男たちが降りる駅になりハッと起きて足早に去っていく様子に「帰巣本能がすごいね」と感想を述べたりしている。いかんせん声がでかい。私は相手に聞こえているのではないかとヒヤヒヤはらはらしていた。こういう無意味なストレスは地味に嫌いだ。愛想笑いをするものの、別に面白いわけではない。
乗客も少なくなり、男の家の最寄り駅に着いた。コンビニでお酒と男の分の軽食を買い足した。そういえば私、出る前に時間潰しにスタバでケーキと飲み物を摘んだだけだ。男には「ごはん食べてきたからお腹空いてない」と言ってしまったが、からあげクンのいい匂いが食欲をそそる。空きっ腹で飲んだら酔いが回るかもしれない。ってか素面であっても初対面の男の家に行くのは危険極まりない。男の家まで徒歩15分。塀やガードレールを触って歩く姿にイライラが募る。
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