【短編】n回目の初夏
ずり落ちる左肩のリュックに手を伸ばして、拒まれて、馬鹿みたいに落ち込んでそれから、もう、何も出来なくて。
半地下のファミレスの向こうの景色とか。
グラグラに歪んでて、全然正確に見えない。
別に気にしはしない。既読表示で止まったラリーとか。仕方ないでしょ、そんなこと。
都営大江戸線の、奥の奥の方。体は止まったままなのに下へ、下へ、沈んでいって。薄れて行く記憶をなぞっては後悔して、それから小さく希死念慮。
そんなあなたは病気だよって、笑う友人が横切って。病気だよって認めて貰えたらどんなに幸せだろうと私は笑うよ。
板につかない女言葉が不意に口から毀れた時、変な言い回しだねなんて、笑われて、私もそうだと思うわ、なんてふざけて返して。嫌われちゃったと塞ぎ込んで。
空気の色が見えすぎてしまうから、生きていくのが苦しくなって、人はそれを才能と言うけれど、こんな才能ひとつも要らない。
貴方のことも見えすぎてしまって
私の手で、掻き消さないといけないかな。
向かいのビルはどの部屋も消灯してた。
まだ、午前0時なのに。
仕方なくスタンプで終わらせた会話とか。
駆け引きは苦手だからすぐにつける既読とか。
もうどうでもいい
もうどうでもいい。
忘れさせて欲しくて、早く溶けてしまいたいから。浴びるほどお酒を飲んだのに、翌日具合が悪くなって、それからお酒を飲むのをやめた。
忘れさせて欲しくて、早く消えてしまいたいから。むせるほど煙草を吸ったのに、くらくらと頭にモヤがかかるから、それからタバコを吸うのをやめた。
午前二時にイタいポエムを書きながら、私はまた朝を迎えるためにホットミルクを飲んで。
大した景色の見えないベランダに腰かけた。
期待値0の言葉達を脳内でまたリプレイして、他人は結局他人で、信じてしまう私に疲れきって、古い思い出にしがみついて、これから先は何も見えなくて。わかってる。わかってるよ。
見えすぎてしまう空気の色で私は全てを察するから。
4階建てのマンションの、低めの塀に手をかけて、ここから空を飛んだなら、私は幸せになれるのかな、なんて、妄想を膨らまして、結局そんな勇気は無いから今日も。
逆転復活とかそんなものもないから。そんな気力も体力も情熱もないから。伸ばした手は火傷したら直ぐにひっこめるよ。
少しでも近づこうとした私と
どうしようもなく遠ざかる君と
それでも相変わらず空は綺麗で
好きだった夏の入道雲の季節になって
昔昔の履歴の奥に
送ってもらった写真と並べて
あの頃の方が大きいな、なんて
鼻で笑って、さようなら。