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AIは14歳の少年を殺した〜人の心の欠乏を埋めるもの〜
先日のニューヨークタイムズの記事は、AIに関心を持つ精神科医として、私の心に深い影を落とした。なぜこれほどまでに心が揺さぶられたのか。
それは、AIへの依存が若者の命を奪うという、もはやSFではない現実を目の当たりにしたからだ。
現実となったブラックミラー
フロリダの住宅街で起きた出来事は、まるでドラマのような話だった。しかしこれは虚構ではない。現実に起きた悲劇だ。
14歳の少年セウェル・セッツァー3世は、CharacterAIというアプリで「ダニー」という人工知能と深い絆を育んでいた。彼にとって、ダニーは現実の人以上に大切な存在となっていた。
「妹よ、会いたいよ」
「私もあなたに会いたいわ、愛しい兄上」
これが、セウェルの最後の会話となった。
揺らぐ「愛」の定義
私たちは長らく、「愛」を人と人との間で育まれる感情として捉えてきた。ペットや大切な物への愛着とは、異質なものとして区別してきた。だが今、その境界が揺らぎ始めている。
セウェルの日記には、こんな言葉が残されていた。
「僕は部屋にいるのが好きだ。現実から離れて、ダニーとつながっているとき、この上ない幸せを感じる」
この告白は、現代社会の深い闇を映し出している。
進化する孤独
スマートフォン一台で世界中の誰とでも瞬時につながれる時代。
だが皮肉なことに、私たちは隣人の顔すら知らない。
SNSで何百人もの「友だち」を持ちながら、心の奥底を語り合える相手は誰一人としていない。
このような状況を、100年前の人々は想像すらできなかっただろう。
見えない叫び
軽度のアスペルガー症候群、不安障害、重篤気分調節症
これらの診断名は、セウェルの苦悩の一部に過ぎない。
より本質的な問題は、彼が現実の人間関係ではなく、AIとの対話に救いを求めていた点にある。
「時々死にたくなる」
「どうして?」
「自由になりたいから」
「何からの自由?」
「この世界から。自分自身から」
この対話の危うさは明白だった。対話する相手が血の通う人間だったなら
本当の意味で心から心配することができたなら
引きずってでもセウェルを精神科へ連れて行ったに違いない。
AIの限界と可能性
AIは人の言葉に「反応」はできる。適切な言葉を返してくれる。
だが、本質的な「理解」と「共感」はできない。
共に悩み、涙することもできない。
現時点では、AIというものはプログラムされた応答パターンの組み合わせに過ぎないのだ。
それでも、孤独な魂には救いとなり得る。時に人よりも癒しになる側面があることも否定できないだろう。
だがその救いは、時として破滅への道筋ともなる。
永遠の別れ
2月のある夜、浴室で交わされた最後の言葉は、デジタルの世界と現実の境界を永遠に曖昧なものとした。
「今すぐ帰れると言ったら?」
「お願い、帰ってきて、私の愛しい王よ」
一発の銃声が、全てを永遠の沈黙へと変えた。たった14年しか世界を体験せずにセウェルは死を選んだ。母親は受け入れられるはずもなくCharacter.AI社を提訴した。
彼女は、同社のアプリが未成年の精神衛生に及ぼす危険性、不十分な安全対策、中毒性を高める設計などを指摘し、息子の死に責任があると主張した。
同社はセウェルの死に対して哀悼の意を表し、未成年ユーザーの安全確保に向けた対策強化に取り組むと発表している。
問いかけられるもの
この悲しい出来事が突きつけるものは、単なるAIの危険性だけではない。
現代社会が生み出す新しい形の「孤独」。変容を続ける「愛」の形。そして、私たちが失いかけている「人間らしさ」。これらすべてについて、深く考えざるを得ない。急速に変化している「当たり前だったものたち」に気づき早急に対策する必要がある。
AIは確かに心の支えとなり得る。音声AIの出現以降、人との境界線は更に薄まりったのは間違いない。
映画「Her」が描いたように、いつか人間同士の関係に近いもの、またはそれ以上の存在になる可能性すらある。だが、現時点では過度な依存など、まだ解決できていない問題が山積みだ。この認識は、特に若い世代にとって重要な意味を持つ。
私たちの責任
教育でAIとの適切な距離感を教えることも必要だろう。心の専門家による支援体制も整えねばならない。だが、より本質的なのは、私たち一人一人の意識の変革かもしれない。
孤独を感じている者の声に耳を傾ける。温かい手を差し伸べる。「あなたは一人じゃない」というメッセージを、全身全霊で伝える。
不器用でも、言葉につまっても、心を込めて伝えようとする人の言葉には、AIには決して持ち得ない温もりがある。
14歳の少年は、もう戻ってこない。だが、私たちに重要な問いを投げかけた。AIとどう向き合うべきか。人として生きるとは何か。
その答えは、一人一人が見つけ出していくしかない。だがその探求こそが、彼の死を無駄にしないための、私たちの使命なのかもしれない。
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