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私が精神科医をやめたくなる唯一の瞬間


自分の患者はまだ誰も自殺していないという精神科医がいる。

嘘だ、と私は直感する。

経験が浅すぎるか、または患者が静かに去っていったことに気づいていないかのどちらかだろう。十字架を背負っている自覚もないのかと、怒りが湧き上がる。


自ら死を選んだ人たちがいる。

私が担当していた場合もあれば、担当ではないが病棟で親しくなった患者もいた。
人の死には慣れる仕事だが、自殺となると受け止め方は一変する。

自分と関わった方が自死を遂げる。

胸が締め付けられるような苦しさが襲い、動悸が激しくなる。
外来の予約に来なかった。体調を崩したのか、忙しかったのか。不安が募る。忘れた頃に連絡がやってくる。

明らかに苦しみが深いときよりも、長年の精神疾患との闘いが一段落し、「だいぶ良くなったね」と感じた時こそが危険だ。そこに微妙なズレがある。

「楽になったよね、辛かったよね」

深い悲しみをようやく受け入れ始めたあと、そのような気持ちが湧き上がる。

一つの問題だけでは人は死なない。

古くから抱えている誰にも解消できない傷が、長い年月をかけて雪のように積もり、かたまり、溶けない。死ぬことで全てをなかったことにしようとする。

「生きてさえいればいい」と、私を含めた他者は言う。

「生きてるだけなら死んでるのと同じなんです」と、彼ら/彼女らは応える。


人は2度死ぬという。肉体的な死と、忘れ去られた時の死だ。

彼ら/彼女らの死を時々思い出そう。

胸に刻まれた消えることのない痛みとともに。少なくとも2度目の死を少しでも遅らせられるように。

そして、この痛みこそが、私が精神科医を続ける理由でもある。

患者たちの声に耳を傾け、彼らの苦しみを少しでも和らげることができれば、それは私にとって何よりも価値のあることだと信じている。いや、信じたい。

増えていくだけで減るはずのない十字架を背負いながらも、前を向いて歩み続ける。

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精神科医kagshun/EMANON
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