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堀田量子 第14章の解説

 第 14 章は量子情報分野の軽い紹介になっており、3 つの話題を扱っています。「複製禁止定理」「量子テレポーテーション」「量子計算」です。これらはそれぞれ独立した話題ですが、軽く関連させて話を進めていることが読み取れます。まず量子状態は決して複製し得ないことを説明し、しかしコピーを作らない形での遠方への転送ならば可能であることを説明します。そして最後に、その転送の手順は量子回路によって記述することが可能であることを説明しています。この章は見た目の印象ほど難しくはないので落ち着いてじっくり読めば理解できるとは思うのですが、落ち着かなくても読めるように話を整理してみたくなってきました。

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複製禁止定理

 複製禁止定理は英語では「no-cloning theorem」と言います。「クローン禁止定理」「量子複製不可能定理」などと訳されることもあります。

 もちろん、状態が分かっていればそれと同じものを大量に複製することは可能です。ここで言っているのは観測する前の、未知の状態をそのまま複製することです。観測を行えば元のままの状態では無くなってしまいますし、一回きりの観測をしてみたところで元々の状態がどうなっていたのかを完全に特定することはできません。

 もし状態を特定したければ、幾つかの異なる物理量についての期待値を得なければなりませんが、そのためには同一の状態を無数に用意して、無限回に近い測定を繰り返さなくてはなりません。複製が無限に作れればそれが可能なのですが、それでは本末転倒です。

 そこで、コピー元がどんな状態であろうと気にせず一定の手順で同じものをもう一つ増やすことが可能なのかという問題を考えることになります。コピー元の状態を知った上でそれに応じて手順を変えるというようなことはできません。コピー作業を開始する前に観測すれば状態を壊してしまうだけだからです。そういうわけで、もう一度言いますが、コピー元がどんな状態であろうと、いつでも同じ手順でそれと同じものを増やせなくてはなりません。もしそれが可能ならば、次のような式を同時に成り立たせるような操作$${ \hat{U} }$$があるはずです。

$$
\begin{aligned}
\hat{U} \Big(\ket{\psi} \otimes \ket{0}\Big) \ &=\ \ket{\psi} \otimes \ket{\psi} \\[3pt]
\hat{U} \Big(\ket{\phi} \otimes \ket{0}\Big) \ &=\ \ket{\phi} \otimes \ket{\phi} \tag{1}
\end{aligned}
$$

 コピー先として初期状態$${ \ket{0} }$$である状態を用意しておいて、これをコピー元と同じ状態に変えようというわけです。コピー元とコピー先を合わせた全体系に対する何らかの物理的な操作を$${ \hat{U} }$$で表しています。実現可能な全ての作業は$${ \hat{U} }$$で表せるはずです。コピー元として、それぞれ異なる状態$${ \ket{\psi} }$$、$${ \ket{\phi} }$$が来ても同じように目的を果たせなくてはなりません。

 さて、これらの左辺どうし、右辺どうしで内積を取って比べてみましょう。まずは左辺どうしの内積を計算してみます。

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