「東京オリンピック返上しましょう!」と叫びまくる、いだてんの面白さ
ついに東京オリンピックが返上される
先週(9/29)のいだてんは、「東京オリンピック返上しましょう!」の嵐だった。2019年現在の話ではなく、1938年の話だ。
日本は、1940年の東京オリンピックを2年後に控え、中国との戦争に突入している。戦争は泥沼化の様相を見せ、終わる気配がない。
国民に我慢と緊張を強いている中で、スポーツのお祭りを開催するのか?
殺し合いをしている国と「平和の祭典」で争うのか?
この国は矛盾しているんじゃないか?
そんな声が東京に響いている。そして、1938年のIOC委員会。日本は各国からの非難を受けながらも、なんとか東京オリンピック開催の正式承認を得る…というのが先週の放送だった。
しかし、後世を生きる私たちは、1940年の東京オリンピックが開かれなかったことを知っている。明日の予告では、マラソン出場を目指して上京していた青年が、学徒出陣の行進をする姿が映された。多くの学生が戦争に送り込まれた学徒出陣、彼らを送り出した場所は、神宮競技場。彼が東京オリンピックで、マラソンのゴールテープを切るはずだった場所である。
「こんな東京、世界に見せたいんですか?」
今年の大河ドラマの題材が「オリンピック」だと聞いたとき、あー2020年に向けて無理やり盛り上げるんですね、はいはいそうですか、と興ざめしてしまった。
しかし物語が進むにつれて、そんな気はさらさらないことに気付かされる。明治から昭和まで、スポーツに人生を捧げずにはいられない人間たちの生き様を真摯に描いている。選手、コーチ、普及活動に励む人々。彼らはただスポーツとオリンピックのことだけを考えていたい、それなのにどうしても政治や外交、戦争に振り回される。その描写がいつも歯がゆくて苦しい。
第二部の主人公である田畑(阿部サダヲ)は、東京オリンピックのためにあらゆる手だてを尽くしてきた。しかし自ら、「東京オリンピック返上しましょうよ!」と叫ぶ。日本におけるオリンピックの責任者、嘉納治五郎に、「あなたはこんな東京を世界に見せたいんですか!」「こんな国でオリンピックをやっちゃオリンピックに失礼です!」と問い詰める。
そんな中、東京では、戦争へ向かう兵士を讃える国旗があちこちではためいている。他にも、日本の植民地だった朝鮮半島の選手が金メダルを取って君が代が流されるシーンや、組織委員会のメンバーである政治家や軍部が一枚岩になれない様子が、さらりと映し出される。
2019年の現在も、私たちは東京オリンピックを1年後に控え、さまざまな懸念を抱えている。酷暑のマラソン、汚染された海、旭日旗など。
もしかしたら、オリンピックというのは、常にそういう性質を抱えているのかもしれない。ひとつの国が、いかに不安定で不確かで矛盾をはらんでいるのか、浮き彫りにしてしまう。世界中の国をおもてなしし、平和の祭典でありながらも国ごとに勝敗を争う、超ビッグイベント。そこにはいつでも魔物がひそんでいる。
いだてんの面白さ
いだてんは、オリンピックを軸に、たくさんの人間の人生を描いている。多くの大河ドラマは、主人公ひとりの人生を描くので、感情移入しやすいのだが、いだてんではちょっと難しい。誰に感情移入していいかわからなくて混乱するし、気持ちのスカッとするエピソードも限られる。誰か一人の正義が、他の人の正義とは限らないことが、ちゃんと描かれてしまうからだ。
私自身、見ていて「こういう理解で良いのかな」と思うシーンがたくさんある。だからこそ面白いのだが、すっきりしないといわれればそれまでだ。受け止め方は視聴者に任せる、その姿勢が、ありがたくも少し重く感じてしまうこともある。
おそらく明日(10/6)、東京オリンピックは返上され、日本は戦争に深入りしていく。ただ、あくまでもテーマはオリンピックなので、戦争について長々と取り上げることはないんじゃないか、と予想している。私たちは、太平洋戦争の前と後で、まるで日本という国が生まれ変わったかのように教えられてきたけど、いだてんはそういう描き方はしないはずだ。
だって、戦争の前後だって、国の中枢を担っている人たちはそう変わらない。前回の放送で、戦後の大物政治家である河野一郎(現防衛大臣 河野太郎のおじいさん)や、NHKの解説委員となる平沢和重なんかが、戦前から既に活躍している様子も描かれていた。
というわけで、東京オリンピックは返上される
というわけで、10月6日の放送で、東京オリンピックは返上される。苦しい回になるにちがいない。しかし、間違いなくここが1964年の東京オリンピックに向けたスタートになる。
いま高齢の政治家たちは、1964年の東京オリンピックをよく覚えているはずだ。彼らがオリンピックに執着する理由が、なぜオリンピックが国のためになると思い込めるのか、アラサーの私にも少しわかるかもしれない。楽しみに放送を待ちたいと思う。