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起業したらすぐに契約書管理台帳を作ろう
忘れがちなんだけど意外と大事なことを話そう。
起業してすぐの時期、経営者は売上を伸ばすことに意識が向いてしまう。特に営業やマーケティング畑で育ったイケイケな経営者はなおさらだ。事業拡大に向けて知恵を絞り、試行錯誤を繰り返す毎日は充実そのものだ。
そんなアグレッシブなムードに水を指すような話だが、契約書管理はマジで初期からやっておいた方が良いぞ。別に高度なシステムを入れる必要はない。最初のうちはエクセルやNotion、スプレッドシートなどで十分だ。
※ちゃんとした大きな会社で働いている方は驚くかもしれないが、世の中の中小零細企業の経営管理はかなりいい加減である。もちろん、彼らの中にも月次決算を数営業日で締め、きっちりと予実分析を行い、契約書レビューも(インハウスを置く余力はないにしても)顧問弁護士を頼りつつ卒なくこなす会社はある。が、それはかなり少数派だろう。そもそもそういうきっちりした管理をせずともオーナー社長の一存で素早く意思決定できるのが小さな会社の強みなので、ガチガチの内部統制を敷くことが必ずしも全ての会社にとって正解というわけではない点には留意すべきだろう。
ここからは、現役のスモールビジネス経営者である俺が考える、起業初期における契約書管理の方法論を語る。起業に興味がある人や、起業したてで攻めばかり考えて守りを意識したことが少ない経営者にとっては役に立つ内容だと思う。
法務の専門家ではないので、事業会社の法務部門で働く方や弁護士には物足りない内容かもしれないが、許してほしい。
契約書管理の必要性
「そもそも契約書管理なんて大げさでは?適当にキャビネットに突っ込んでおいても事業は回るじゃん。」
そんな声がどこかから聞こえた気がする。たしかにそれも間違いじゃない。
しかし、契約書管理を疎かにしていると思わぬところで事業のスピードが落ちてしまうことがある。以下は、自分自身や周りの経営者から見聞きした出来事だ。
ケース1:不動産賃貸借契約の解約予告期間を正しく把握できていなかったため、想定よりも退去が遅れたり、空家賃が発生した。
ケース2:自動更新の期限を正しく把握できていなかったため、解除したかった契約が自動更新されてしまい、その後の解除までに無駄な費用が発生した。
ケース3:自動更新がない契約において、契約が終了していたことに気づかず、サービスの提供を受けられなかった。あるいは、再度契約を巻き直す手間がかかった。
ケース4:自社が買収提案を受け、法務DDを受けることになったが、契約書の全体像を把握できず、DD対応が大幅に遅延した。
特にケース4の場合は悲惨だ。場合によっては管理体制が不十分だとみなされて案件が破談になってしまうこともある。せっかく営業やマーケを頑張って売上・利益を伸ばしたのに、こんなことで大金を手に入れるチャンスを逃したらもったいないことこの上ない。
契約書管理は万能薬ではないものの、契約書を適切に管理できていればもっと早期に解決できた問題かもしれない。
また、起業初期のキャッシュに余裕がないうちは数万円の費用でも大切にすべきだ。ちょっと真面目に管理すればこの手のミスはほとんどなくなり、より高収益な事業を生み出す投資に回す余力が増えるはずだ。
さて、契約書管理の必要性を理解してもらったところで、ここからは具体的な方法論を説明したい。
起業初期における契約者管理の方法論
原則:とりあえず台帳を作って3ヶ月に一回確認しよう
起業初期に高額なSaaSを導入する必要はない。必要なのは、
①契約書管理台帳
②契約書PDF格納フォルダ
③紙の契約書原本保管ファイル
の3つだけだ。
実際に使用するツールを挙げるとすれば、
①にスプレッドシート、②にGoogleドライブを使用する
Notionで①②を一元管理する
のいずれかを採用すると良いのではないだろうか。
管理台帳をもとに3ヶ月に一度程度定期的に見直すと、更新や終了が近いものをタイムリーに把握できる。
用意するもの①:契約書管理台帳
この台帳は全ての契約書(締結中のものも含む)を一覧化できるリストだ。スプレッドシートなどに、以下の情報をまとめよう。
契約書名
相手方
ステータス
契約締結日
有効期間(契約開始日と終了日の2列でも良い)
自動更新有無
PDFファイルへのリンク
社内担当者
これくらいの情報があれば、いつ、どの契約が切れるのかが分かりやすくなるはずだ。また、社内担当者を明記することでボールがこぼれることもなくなる。
新たに契約の締結プロセスが走り出したらこのシートに項目を追加しよう。ステータスごとにカンバン形式で運用しても良い。
ステータスは以下の分類がおすすめだ。
ドラフト作成or受領
反社チェック実施中
自社レビュー中
顧問弁護士対応中
先方対応待ち
合意済み、締結処理中
締結済み、PDF処理中
PDF格納済み
やや細かく感じられるかもしれないが、これくらいの粒度であれば誰がボールを持っているのかもわかりやすいし、「締結は完了したけどPDF化がまだ」みたいな微妙なタスク漏れがなくなる。
用意するもの②:契約書PDF格納フォルダ
これはシンプルにストレージフォルダを使えば良い。GoogleドライブでもDropboxでもなんでも良いだろう。
一つだけ注意点を挙げるとすれば、PDF化する際の命名規則を決めておくと後で検索するときに捗るし、フォルダを開いたときも自動でソートされるのおすすめだ。例えば「相手方_契約書名_締結日.pdf」のようにすると良いだろう。
また、格納したら必ず契約書管理台帳にリンクを載せよう。米澤との約束だぞ。
用意するもの③:紙の契約書原本保管ファイル
紙の契約書は鍵がかかるキャビネットにしまおう。鍵は社長や事務のスタッフのみが操作できるようにすべきだ。
DXが叫ばれている世の中だが、全ての契約書を電子化するのは難しい。なぜなら金融機関や不動産関係がいまだに紙で契約を締結しているからだ。この二種類の取引先が不要な会社は存在しないはずなので、諦めて紙を保管する場所を用意しよう。
ちなみに鍵付きキャビネットはオフィスコムなどで数万円で購入できるが、意外と組み立てが難しいので複数人で作業するのがおすすめ。
運用プロセス
すでに一部話している部分もあるが、運用は以下のようにすると良い。
契約の締結プロセスが走り始めたら①契約書管理台帳にレコードを追加する。
ステータスが変わるごとに社内担当者が更新する。
締結が完了したら②契約書PDF格納フォルダに捺印版契約書のPDFをアップロードし、リンクを①台帳に記載する。
紙面の契約書についてはPDF化が完了した後に③原本保管ファイルに格納する。
3ヶ月に一度台帳を確認し、向こう3ヶ月以内に契約が終了したり更新を迎えるものがあれば更新要否等を判断する。
この程度であれば経営者のコストは捺印と四半期ごとのレビュー程度であり、そこまで運用は大変ではないはずだ。
まとめ:契約書管理をおろそかにせず、将来のリスクに備えよう
さて、ここまで契約書管理の必要性と起業初期におけるライトな運用方法を説明してきた。
記事の内容をまとめると以下の通りとなる。
契約書管理は起業初期から最低限やっておいた方が良い。
契約書管理ができていないと無用なコストが発生するリスクがある。
契約書管理で使うのは、①契約書管理台帳、②PDF版契約書格納フォルダ、③紙の契約書原本保管ファイルの3つ。
契約書の締結プロセスが走り始めたら台帳に記載して、担当者がステータスを更新する。
経営者は3ヶ月に一回程度台帳をレビューする。
きちんと管理するならやるべきことはもっとあると思うが、起業したての経営者にとってはこれくらいやっておけば十分ではないだろうか。得意の攻めでパフォーマンスを最大化できるよう、守りも最低限は固めておくと良いだろう。