若気の至りって本当に怒られるべきことだったのかなぁ


(今回は特に独り言なのでご挨拶せずに始めます。いつでも出入りしてください。)


私には反抗期がなかった。

正確には反抗期特有の「親の言動がマジうぜぇ」という感情があったものの、それをあからさまに表出できなかった。

何故か。理由はすごく単純で、怒られる+色々制約されるのルートが明らかだったからだ。

反抗期がなかった私にも実は数少ないヤンチャエピソードがある。

中3の冬、私立受験の合格発表日に、塾の帰りが一緒になった友達とお喋りに明け暮れ、日付を越えるまで帰らなかったことがある。
条例を破っているのでもちろん両親から1時間半ほど説教をくらった。そして、しばらく塾の帰りは必ず迎えが来た。

他にも、彼氏を紹介した数週間後に「あの人と結婚するつもりなの?」「あの時は交際を許したけどやっぱり賛成できない」とあまりにうるさいので、つい「そんなに言うなら私の結婚も人生も勝手に決めたらいいじゃん」と反論したことがある。
しかし両親がぶちギレて口論(と言いつつもほとんど両親からの攻撃)になり、最終的に別れるか演劇含む娯楽の一切を捨てるか選べと言われた。(←これが実家を出た理由である。)

何か反抗すれば必ず反撃があるのが当たり前だった。

今ならその時の自分が間違っていたことなんてわかる。
中学生が23時になっても帰らない方がおかしいし、交際していくには無理がある相手だったのも事実だから。

でも当時の私は、そうするしかできなかったというのがつまるところだ。
自分で選んで失敗して何が悪かったんだろうか。

そりゃあ、条例破って警察のお世話になる可能性があったわけで、多少は迷惑かけたと思う。
でも子ども時代に両親から毎日コツコツ感じさせられた寂しさや、努力を認めてもらえなかった虚しさの方がよっぽど迷惑だったと思う。
弟の方が勉強ができないくせに甘やかされていたのも腹立たしかった。弟の3連続追試よりも私の人生たった1回の追試を叱る意味がわからなかった。私が終電で帰ると小言を言うくせに、弟が夜に車で出かけるのには何も言わないのも同じだ。

私はギリギリまで反抗しなかったんだ。
反抗したのはよっぽどのことだったからだ。

「そうするしかなかった」からだ。

結局、反抗なんて上手くいかなかったけど。



あと半年で社会的にも経済的にも自立するという立場になった。自分の弱さと歪んだ認知思考を実感する度に、言いたいことを言おうとして言葉に詰まる度に、支離滅裂でいいから、手が出てもいいから、ちゃんと両親に反抗するべきだったと思う。

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