2022年10月30日

「ダメでもともと」という言葉が嫌いだ。行動に対し結果が伴わなくても、何もしなかった時と変わらないから大丈夫だと失敗に対して保険をかける言葉だ。挑戦をする時、僕は弱いからこの言葉で自分を勇気付けることがある。上手くいったら良いし、上手くいかなくても別に良い。そう思わないとやってられない時がたまにある。
だが、本当は「ダメでもともと」なんてことは思っていないはずだ。本当にダメでもともとならそんなことはやらなくて良い。チャレンジに成功した時は嬉しいし、ダメな時にはちゃんと気が沈む。プラスかゼロかなんてことはなくて、プラスを望んでしまうから必ずプラスかマイナスかなのだ。だから僕は「ダメでもともと」という言葉が嫌いだ。もっと正確に言えば、「ダメでもともと」と表面上自分を納得させないと動けないし、ダメな時に「もともと」とはならずに一丁前に喪失感や後悔を感じる自分が嫌いだ。マイナスのリスクを受け入れ、その上でそれを恐れずに突っ込める強さと余裕が無いことに対して腹を立てる。
傷つくことを恐れて、なるべく傷つかないように理論武装してしまうというのは至って普通の話だとは思う。だが、普通だからと言ってこれが良いことだとは思わない。ダメでもともとだと思わないとやっていられない僕には大きな挑戦をする度胸が無い。将来に大きく影響しそうな決断や選択から、極力逃げようとしてしまうだろう。失敗に学ぶのは失敗を恐れて身を守ろうとすることではなく、失敗に耐えうる自分を作って覚悟を決めて次に進むことであるべきだ。
そのためには目一杯へこまなければならない。「まぁまぁ」なんて言って誤魔化していては傷つかない方法だけが身についていく。それだと弱いままだ。だから少しの間、思い切り悔しがってみようと思う。大袈裟に絶望してみようと思う。内側から崩れてみようと思う。


憂さ晴らし、と言っては失礼か。先週の時点で今日も東京競馬場に行くと決めていた。せっかく行くのだから勝って小銭を稼ぎ気分を上げたいと思っていた。
先週「G1レースがある日の客の数は一体どうなるんだろう」と心配していたが、全くその心配が足りなかった。昼過ぎの時点で人、人、人。どこに行ってもごった返していて、館内の移動に相当苦労した。今日は中距離古馬最強決定戦の1つである、秋の天皇賞。盛り上がりは当然といえば当然だが、正直ここまでだとは思っていなかった。昼ごはんが終わるだろうという時間帯を狙って飲食店が立ち並ぶエリアに来てみたが、どこに並んでも数十分は並ばなければならないほどの列で、空腹を抱えたままうろつく羽目になった。うろついている間にホースプレビューに流れ着いた。先週行った時は存在を失念していたが、パドックとコースとを結ぶ通路の一帯をガラス越しに眺めることが出来る場所があり、それをホースプレビューと呼ぶ。これからレースへ向かう馬にそこで騎手がまたがったり、レースから帰ってきた馬から騎手が降りて馬具を外してあげたりするのを間近で見られるため、博打云々よりも騎手や馬が好きだというファンからは人気のスポットだ。「差せ!差せ!」「逃げろ!!!」「んだよクソォ!」などと叫ぶ治安の悪いファンはいないし、カメラで人や馬を捉えることに熱心な落ち着いたファンが多く、割合静かな場所だったのでここで多くを過ごすことにした。
そしてやってきたメインレース、天皇賞・秋。札幌記念で競り合ったパンサラッサとジャックドール、皐月賞馬ジオグリフ、皐月賞と日本ダービー共に2着のイクイノックス、去年のダービー馬シャフリヤールなど、各世代の名だたる中距離強豪馬が集結した。僕はパンサラッサのファンなので凄く応援していたが、ここ何戦かスタートがあまり良くなく、東京競馬場も逃げには適していなさそうだったので正直上位に食い込むのは難しいと感じていた。本命をシャフリヤールに打って馬単マルチを計10点、そしてパンサラッサの応援馬券を買った。
ホースプレビューに天皇賞出走メンバーがやってきた。内枠3番ゲートを引いたパンサラッサ。僕の前を通り過ぎた時、彼は非常に良いテンションでルンルンと程よく首を上下に振って歩いていた。「がんばってほしい」と静かに祈りを捧げた。
そしていよいよレース。競馬場にいながら屋内のテレビで観るというのは少し複雑な気分だったが、気分は最高潮だった。ゲートが開いた。パンサラッサは少しもたれかかったが1歩目、2歩目、3歩目と上手く加速をしてみせた。札幌記念やドバイターフなどとは違い、じわじわと楽に加速して先頭に躍り出た。ジャックドールを筆頭として逃げ馬が多いレースだったので上手く逃げられるのかと心配していたが、その心配は全く不要だった。カメラが先頭から最後方へと舐めるように移していき、実況が馬名を読み上げている間に、パンサラッサはどんどん逃げていた。「前半1000mは57秒4!」恐ろしいラップを刻んでいた。大体60秒くらいが普通だが、2秒半も早く1000mを通過した。あのサイレンススズカが大怪我を追ったレースで、あのサイレンススズカと同じタイムで1000mを刻んだ。大欅を越えて、未だに15〜20馬身のリードを取って楽に逃げているパンサラッサ。最終コーナーを回って直線を向いた時はただ1頭だけのレースに見えた。それほど後続を離して迎えた残り500m。「え?逃げ切れる?」残り400mを通過しても、まだ追っ手は来なかった。「え?マジ?パンサラッサ逃げ切る?」残り300m。徐々に後ろから馬群が迫ってくる。「いやいける、いける、頑張れ!」残り200m。有力馬のエンジンがかかり、目に見えて分かるスピードで襲いかかってくる。「あと少し!あと少し!あと少し!」残り100m。普通のレースなら凌ぎきって勝てそうな距離感だが、外から恐ろしい末脚が飛んできた。「ああああああ」ゴール前。1番人気を背負って皐月賞、日本ダービーの雪辱を果たす黒い身体のスーパースターがパンサラッサを捉えて先着した。「おおおおお!!!」会場はそのレース内容に湧いた。逃げが向かないと言われていたパンサラッサの大逃げと最後の粘り。かなりの人は残り200mで「これはありえる」と感じるほどの完璧な一人旅だった。しかしそれを見事1頭だけが追い抜かした。浅いキャリアながら底知れぬポテンシャルを秘めると言われてきたイクイノックス。父キタサンブラックが制した天皇賞・秋のタイトルを息子も見事モノにしてみせた。素晴らしいレース内容だった。大逃げは早めに馬がバテてあっさりと捕まってしまうから、あまりメジャーな戦法ではない。しかしパンサラッサは中山記念久々に大逃げを披露し、G1という大舞台で2着に残すさすがG1馬という競馬だった。そしてそれをただ1頭差しきったイクイノックスの直線の瞬発力、加速力の凄さも光った。単にイクイノックスが強く1着になっただけなのならこれほど熱くはなれなかっただろう。パンサラッサが凄い。そしてそれを差しきったイクイノックスはもっと凄い。逃げ馬と差し馬、2種類の馬のロマンが1つのレースに詰まった最高に面白いレースだったと思う。

パンサラッサは東京の2000mでは無理そう、と思った僕の考えが甘かった。勝てはしなかったが、素晴らしい名馬だと思った。次はまた海外レースに出走予定らしいので国内ではしばらくあの走りを見ることが出来ないのは残念だが、世界でもあっと驚かせる走りをしてくれることを祈っている。興奮と感動をありがとう。

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