嗅覚が戻りますように
七月七日夜、日本の伝統行事「七夕」がやってくる。
織姫と彦星が天の川を渡り年に一度だけ会うことが許される彼らのタイミングに合わせて、各々短冊に願い事を書き記すイベントだ。なぜお前たちが?願いを?と彦星たちは思うのだろうが、なんか本当にそうですよね。すみません。
そういえば七夕といえば七(ナナ)ばかりですが女優・森七菜さんってモリナナナさんだと普通最初は思いますよね、ねぇ彦星さん。織姫さんにもよろしく。
七夕を楽しむ機会はほぼ無くなってしまったが、駅の改札だったりスーパーのレジ横には笹の葉と短冊がひっそりと置いてあり、伝統行事はだれかの些細な気づきで今日まで続いているのだと実感する。学生時代に通っていた大学でも、学生棟の一階に短冊が準備されていたので毎年この時期になると願い事を書いていた。
今こうして見ると本当に面白くない。バレませんようにと言いつつ一番目立つところに飾り、誰が書いたかわかるように名前も添えると。当時はこれが面白いと思っていたようで、このネタを四年間続けて一人でニヤニヤしていたのだがマジで感覚が終わっている。まだ左隣の就活生の生々しい願望の方が面白い。粗すぎて伝わらないだろ。
卒業から何年か経ち、今の自分の"願い"はどうだろうか。仕事、結婚、出産、身の回りの環境の変化によって願うものも変わってゆくだろう。
そうだな、今の願いはこうだろうか。
コロナに罹患したことがバレませんように
☆☆☆
時代遅れだよ
「時代遅れ」と言われただけで昔は頭にカッと血が昇るほど悔しくて憤慨していたものだが数年振りにその言葉が友人からのメッセージで向けられても、まったくその通りでぐうの音も出なかった。
コロナウイルスは今年の五月から「5類感染症」に移行しマスクの着用は個人の自由、陽性者の外出自粛すらも個人の判断になった。最早コロナ禍は終息かと思っていた矢先の罹患。先ずは絶対にかからないと豪語していた自分を、とても恥ずかしく思います。
会社から帰宅すると身体が怠かったので早めに就寝した日のことだった。
中学の時に嫌いだった男子が夢の中に現れて、視界の隅で何やらゴチャゴチャしていたがとにかく嫌いなので頑張って視界に入れないようにしていた。一種の明晰夢である。
記憶から一切の排除をしていた彼が今更現れる筈がないので、これは只事ではないと悟った翌朝起きると体温は39.2度まで上がっていた。サンキューニ?夏の私のシャワーの温度がなぜこんなところに?
すぐに病院を予約しPCR検査を受けるとすぐに陽性の結果が出た。こうしてコロナ禍が始まり3年、濃厚接触者を3回経験した私はこの時期に呆気なく陽性となった。
そして分かったのは今、罹患すべきではないということだ。すべきタイミングなんてものは無いだろうがせめて今ではない。5類感染症に移行したことによって治療費・検査費に自己負担分が生じるようになり、金額にするとおよそ6,000円ほどかかったのだ。激しい頭痛はこの6,000円のせいでもある。
それを差し引いたとしても症状は高熱、喉の痛み、嗅覚障害(継続中)が一際辛かった。この嗅覚障害が本当にキツイ。唯一の楽しみの食事の味が分からなくなることは気持ちを沈ませるには充分だった。
先を見据えすぎたロイ・マスタングはその目を、子を欲したイズミ・カーティスはその内臓を、梅雨の時期に洗濯物が生臭くならないよう細心の注意を払い何度もチェックしていた私はその嗅覚を、持ってかれた。いつだって真理は残酷だった。
誰とも話すことなくただ一人冷房のついた部屋で過ごし、時間が来たら薬を飲むための飯を作るような毎日を繰り返していると精神が段々不安定になる。
気づいたら処方された薬の説明の紙の裏で自己分析をしていた。
私の願い事は、空まで届いているだろうか。今更罹患したなんて恥ずかしくて言えない。だったらせめて
嗅覚が戻りますように
これでどうだろうか。いや結構マジですからこれ。というよりこの願い事は誰が叶えてくれるんですか?織姫と彦星が対応してくれるんですか?あそこで森七菜のナの数で盛り上がってずっとイチャついてるのに?森七菜のナの数これ以上増えませんようにじゃないよまったく。増やしてたまるか。
そもそも隔離期間なので短冊に願い事をしにいけない。あーもう二度と罹りたくない。あと脳みそ全然回らなくなります本当に。みなさんもくれぐれも気をつけて下さい。良い夜を。