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小説「なんで、私が乳がんに?」(31)

両親に手を振って手術室に入った。扉が閉まるとまた涙が出てきた。典型的な症例かつ他の選択肢はないことはよくわかっている。わざわざ2万円ほどかけて他院でセカンドオピニオンまで聞いた。すべてにおいて理解し、納得した上の手術である。早い段階で見つかったことはむしろ不幸中の幸いであったとも思っている。なのになんだろう、この涙は。無念泣き(不運に対して)、とか申し訳なさ泣き(親に対して)、というジャンルがあるならそれだろうか。そして情けな泣き(「なんでよりによって私?なんで?」という、何度も何度も繰り返した、意味のない自問)。

麻酔をかける前に、東村先生が説明される。「がんを切除する前に、リンパ節への転移がないかどうかを調べるセンチネルリンパ生検をします。その場で結果がわかるので、転移があった場合は脇のリンパを取る手術をしてからがん切除にうつります。」かつては転移があるかどうかは不明でも一律リンパを切除(郭清という)するのが一般的だったそうだ。不要な工程が省けるなら、体力的なリスクも避けられる。
まだ泣いている美咲を覗き込みながら、東村先生が大丈夫ですか、と尋ねる。「はい、お願いします」としっかりとうなずいた。麻酔のマスクをつけられてすぐに意識を失った。
自分の感覚では数秒後、呼びかけられて目を覚ました。
「終わりましたよ。リンパ転移はしてませんでしたのでね、つぎは形成の高井先生に代わりますね」
このように、がん手術と形成手術をバトンタッチ方式で同時に行うのが「乳房同時再建」だ。このタイミングで袋状のエキスパンダーを埋め込んでおき、数ヶ月に渡って少しずつ水を注射で注入して膨らませていく。徐々に皮膚を伸ばすとともに、シリコンを入れるスペースを作っていくのだ。そして1年後、エキスパンダーを取り除き、シリコンと入れ替える。
手術を一回少なくできるということで画期的だ。
次に目をさますと、形成担当の高井先生が「終わりました、まあうまくいったと思いますよ」と例によってのんびりした調子でおっしゃり去っていった。ストレッチャーに寝かせられたまま部屋に戻る際に待っていてくれた両親と会う。
「どう?痛くない?先生から説明あったけど、うまくいったみたいやね」「なんかずーっと泣いてたって言ってはったけど」
うん、痛くないし、なんだかとても眠い。また眠りに落ちた。





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