小説「なんで、私が乳がんに?」(33)
病室に、医長とおぼしき高齢男性を頂点とし、渡り鳥の群れのように三角を形成した白衣の一団が現れた。これは、ドラマ「白い巨塔」でおなじみの「財前先生の総回診〜」のリアル版ではないか?とワクワクした。
まあ時代も違うのだろうし、ここは大学病院ではないのでそこまで権威主義な雰囲気は感じられない。
雁の群れの2列目くらいに位置している東村先生は、群れを抜け出して言った。
「組織検査の結果出ましたけど、やっぱり非浸潤でしたのでね、安心してくださいね。」
ああ、よかった。不幸中の幸い、顔面セーフだ。しかも私が心配していることを気にかけてくださり、渡り鳥の群れから離脱してまでいち早く教えてくださるなんて、なんて素敵な先生だろう。
乳腺の切除手術だって、真正面に傷跡が残るのが嫌だったので、脇の方から切ってほしいと無理をお願いしたが、快く受けていただいた。(「ただ、がんができている部分は危ないので前から取らせてもらいますね。」とおっしゃり、小さな切除跡は正面に残った。)
後から何かで読んで知ったが、脇からの切除は角度的に腰をかがめるので体力的にも大変なのだそうだ。
お医者という権威ある立場でありながら、威張らず誰にでもリスペクトのある対応をされる。どんなに忙しくても患者の話を優しくじっくり聞いてくださるジェントルマン。そして手術でがんを取り除いて助けてくださった命の恩人。信頼と安心。まさに白馬、いや、白衣の王子…!美咲はいまやすっかり東村先生に憧れとときめきをいだいている。
ピンチのときにアドレナリンが放出され、近くにいる人を好きになってしまうという「吊り橋効果」による擬似恋愛なのかもしれない。
だが、この澄んだ泉のごとく溢れてくる感情は、中学校のときに塾の先生に感じた恋心以来ではないか。入院生活が楽しくなりそう…!
メンタルは弱い方だと思っていたが、がんとの戦いの中にもひそかな楽しみを見出す自分はかなり図太いと気づいておかしかった。