
善き羊飼いの教会 #4-1 木曜日
〈樫緒科学捜査研究所〉
* * *
ロックを解除し、研究所の扉を開けたスルガは応接スペースまで早足に進んで、手にもったケージをテーブルへ載せた。載せるなり所長からあずかっていたハムスターがケージの中でせわしなく動きだす。
所長ら帰還の連絡はまだ入っていなかったが、家の中のハムスター臭が気になって仕様がなくなって研究所まで連れてきた。給湯室でハムスター用給水器に水を入れてケージにセットして、早朝に届いた長栖(ながす)からのメールを再読する。
『本日正午より、文倉(ふみくら)家建物内の本格的な調査を行います。スルガさんにも同席していただきたいので、正午までに――』
「文倉家からもちだした品を、元の場所に返却しろ、か」
ひとりごちてスマホをオフにし、作業台前へ移動して文倉家の品々を見遣る。
付着した複数の指紋は確認できたものの、どの品からも血液は検出されなかった。
スルガは床に置いていたダンボール箱を台に載せると、もちだした品をひとつひとつ丁寧に、箱の中へ入れていった。
「主への従順を示すには、あなたの罪は水の中に沈め、ただしき教会で願い……」手にもった聖句を声にだして読みながら、聖句(せいく)の額が入るスペースを確保していなかったことを反省していると、「……?」ふいに、聖句の内容にひっかかりを覚えて、再度はじめから黙読した。
読み終えてしばし熟考するが、閃くものはない。藤崎里香(りか)の潜伏先に関して閃きつつも、その事実に思い至らなかった昨日のミスを繰り返してはならないと考えて、改めて頭を働かせてみるものの、どこにひっかかりを覚えたのか答えを導きだすことはできなかった。
諦めて箱詰め作業を再開する。
ただし、聖句は箱の中へは入れず、作業台に載せておいた。運搬の際には個別で運ぼうと考えて。
作業を終え、スルガは作業台から離れてホワイトボードの前に立った。
中元、里田、横谷、白井、大賀。
ボードには、柿本が働いていた〈てらだや〉のバイト生の名前が記されている。
志免(しめ)、ウィルソン。
少し離れたところに記したふたつの名前も含めて、各人物の氏名と関係性は刑事課の金子(かねこ)警部補へ伝えている。金子は、柿本らの失踪時の全員のアリバイを調べると告げたが、結果報告はまだ届いていない。さらに距離をおき、丸で囲まれたウィルソンの名前と線で繋がっている東条の名の周辺には、東条と親しかった友人らの名を記すつもりでいたけれども、相関図は未完のままその役割を終えている。
東条と頻繁(ひんぱん)に会って行動をともにしていた友人たち――筒鳥大の〈イロドリ〉に所属していたメンバーは、東条の行方を躍起(やっき)になって探していた。このことからして、〈イロドリ〉メンバーが失踪に関わっていたとは考え難く、彼らのほかに、東条を恨んでいたと思われる人物の名前はいまのところあがっていない。
スルガはスマホを取りだして時間を確認した。
文倉家を訪ねる予定の正午までは余裕があった。
「イチイさんに報告しておくか――」
自身のデスクまで移動し、パソコンの電源を入れる。これまでに起こった事柄の報告。調査した品々の分析結果。ボードに記した者たちの関係性や聞いたエピソードをわかりやすく、簡潔に、樫緒イチイ宛のメッセージの中に書き記していく。
三十分ほどが経過したころにスマホが鳴った。
金子からの電話だった。