【東京フィルハーモニー交響楽団定期演奏会】指揮:アンドレア・バッティストーニ、マーラー:交響曲第7番『夜の歌』を聴いた。
2024年11月17日(日曜日)
今年最後の東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会を聴いてきました。
指揮:アンドレア・バッティストーニ
コンサートマスター:近藤薫
面白かった。
こんな言葉では幼稚に聞こえるかもしれないけれど、
とにかく、面白かったのです。
この曲は、5楽章で構成されています。
前半の4つの楽章は、落ち着いて静かに深く沈潜していく、
そんな雰囲気の、文字通りの「夜の歌」です。
「夜」になると、日が落ちて光が減衰し、世界の様相が変わります。
目に見えるものと、目には見えないものとのバランスが、変わります。
心の中にそっと秘めていたものが、
闇にまぎれて鎌首を持ち上げる。
もう、嘘で隠す必要がない。
グロテスクなものも、「みにくい」ものも、自在にそこにある。
同時に、ひとを取り巻く「世界」もまた、
気ままにその翼を広げて、
夢想と現実がないまぜになる。
そして夜は、疲れを癒し、炉辺に集い、愛を語る時間。
ロマンスの気配が濃厚にたちのぼってくる。
マンドリンやギターの繊細な音も奏でられ、
まさにノクターン。夜想曲。いざ愛を語らむ。
そんな曲想です。
同時に、背後にひそむ魑魅魍魎の気配が浸潤してくる。
うっかり油断すると容易く命を取り落とす、それが夜。
普段は無意識の深淵に眠っている
生存確保のための感覚が研ぎ澄まされていくような、
そんな曲想でもあるのです。
不協和音。リズムの伸縮。不意な音色の変化。
予想不可能な夢と現実との「あわい」の呼吸。
淡い酔い心地とインスピレーション、
砂のような触感に真珠のような滑らかさが混じります。
それが、舞台上で音楽として演奏されている様子が見えているので、
観客は、この時間が現実に存在していることを、確信できる。
ゴンドラの波が音もなく運河の水面を滑っていくような揺らぎに
身を任せていることができます。
でも、第5楽章は、ティンパニの強打で一転します。
「超長調」と評されるエネルギーの奔流に、放り込まれるのです。
漆黒の夜空に炎を噴き上げるウィッカーマンのような。
大きな松明を振り回す行進がどこまでも続く祝祭のような。
主役は、打楽器です。
ティンパニが、大太鼓が、銅鑼が、シンバルが、
トライアングルが、カウベルが、タンバリンが、
グロッケンシュピールとグロッケングロイテが、
連打され、音波があたりを満たします。
ぴんと張った皮を叩く。金属を叩く。木片を叩く。
それはまるで、夜の闇に隠れている全ての精霊を呼び覚まし、
踊りの輪に巻き込もうとするかのような、打撃音。
あるいは夜の闇の精霊が呼ぶ声を聞いたひとびとが、
応える歓呼の声のような激しくもまろやかな音波の連なり。
リズムは、変拍子。
心臓の鼓動も息切れも汗も、思いのままに弾け飛ぶ。
素直に盛り上がった高揚感が、楽器の音に溶ける。
指揮者の腕を伝って、何十台もの楽器を輝かせながら、
大きなホールの中に渦巻きをつくる。
いままでこの曲をこんなに面白がって聴いたことは、なかったなあ。
本当に、面白かった。
バッティストーニの指揮は、激しく、躍動しました。
音の真髄に迫る情熱的にして知的で緻密で直感的なアプローチが、
よく鳴りよく歌いよく踊る東フィルから
最高のエネルギーを引き出していました。
定期演奏会の観衆は、
このオーケストラが得意とする音楽の熱狂を受け止める体験を重ねていて、
熱気と集中力を絶やさない。
大きな音を喜ぶ文化村オーチャードホールの空間もこの音楽にふさわしかったな。
音楽はライブで聴くのが本当に良い。
ジャンルを問わず、それは真実だと思います。
音を浴びて、潜在意識を激しく揺らすような体験までしてみたい、と欲すれば、
音の作る振動の真ん中に身体を預けることが最良の方法です。
演奏者にしか受け取れないものがあるだろうけど、
観客にもそのチャンスはある。
この鑑賞は、理屈や知識では説明がつかない、
「夜の歌」体験をした、そんなふうに感じています。
かつて、どこかで聞いた話です。
(出典は不明、この話をしてくれた人物の得意そうな顔と声色を思い出した)
(だからといって、典拠を求める行動を取ろうとはしないの)
彼が7番目の交響曲を作っているとき、
どんな気持ちだったかな、と、つい想像しました。
ちなみに作曲は1904年から05年頃、
マーラーが44〜45歳ころのことだといいます。
ラストから3曲目だ。聴いてくれ。
「ネイチャー」と「僕」との一体感を、曲にしたんだ。
肉体を包む皮袋をクルッとひっくり返して、
この曲を取り出したんだ。
なんて、思っていなかったかな。
寡黙な男という雰囲気の肖像写真の印象を裏切るかのように、
実は愛について「暑苦しかった」というグスタフ・マーラー。
暑苦しいの、好きだ。
(追記)今年の定期演奏会はこれでおしまいだけど、
東フィル2024年を締めくくる第九(ベートーヴェン)のコンサート、
やっぱり聴きたくなって、チケットを買ってしまいました。