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interview Alabaster Deplume:ありのままの自分、ありのままの相手を受け入れることで作る音楽(9,600字)

僕はアラバスター・デプルームの音楽が好きなのだが、どうもそれをうまく説明することができない。

ロンドンを拠点に活動するサックス奏者で作曲家のアラバスター・デプルームは彼にしか奏でられないオリジナルな音楽を生み出している。2020年ごろからInternational Anthemと組むようになり、世界中に彼の音楽が届けられ、今やアルバムを出すごとに様々なメディアで絶賛されている。

アラバスターがリリースしてきた『To Cy & Lee: Instrumentals Vol. 1』『Gold - Go Forward In The Courage Of Your Love』『Come With Fierce Grace』といった近年のアルバムに関してはインフォメーションが出ているので、製作のプロセスはわかっている。ただ、そのプロセスで制作されたものがどうやったらあんな不思議なフィーリングの、謎に満ちた世界観になるのかはわからない。アラバスター・デプルームの音楽はマジカルなのだ。

アラバスターはロンドンにあるトータル・リフレッシュメント・センターを制作の拠点にしていて、そこで様々なミュージシャンたちとかなりラフで自由なやり方でコラボレーションを行いながら、それを作品に落とし込んでいるのがその製作スタイルだが、それと同時に学習障害を持つ人たちを支えるNPO で働きながら制作したものもある。『To Cy & Lee: Instrumentals Vol. 1』がそれで、CYとLeeは彼が一緒に過ごして支援していた学習障害を持つふたりの名前だ。アラバスターはふたりの支援に音楽を用いていて、彼らとともに歌い、楽器を奏で、そこでの3人のコミュニケーションによって生まれたメロディーを作曲の種にしている。

プロのミュージシャンであろうとアマチュアのミュージシャンであろうと、もしくはミュージシャンでさえない人であろうとも、アラバスターは関わる人々とのコミュニケーションの中で育まれた人間関係や信頼関係みたいなものがたまたま音楽という形で出力されたような作品をリリースしている。こんなミュージシャンというか、アーティストというか、そもそもこんな人間を僕は知らないなと思うような特殊な人なのだ。

今回、アラバスターに取材する機会を得た。このインタビューではそんな彼を取り巻くコミュニティや、そのコミュニティの中での彼の“営み”みたいなものについて話してもらおうと思った。

なので具体的な影響関係や音楽の仕組みを話してもらうようなインタビューにはなっていない。ただただ彼の言葉に耳を傾けながら、彼とジェントルな対話をしただけ、とも言える。

でも、だからこそアラバスター・デプルームの音楽のことがもう少し見えてくるようなものになった気がするし、アラバスター・デプルームを含むロンドンのジャズ系コミュニティのことも見えるような記事なったと思う。個人的にはベス・オートンの傑作『weather alive』の魅力を読み解くためのヒントにもなっていると思っている。

 取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 通訳:染谷和美
協力:Fuzzy, Genshu, Kotetsu Shoichiro

◎トータル・リフレッシュメント・センターのこと


――今、そちらは自宅ですか?

そうさ、トータル・リフレッシュメント・センター(以下、TRC)さ(笑)君もこっちに来て本を書いたらいいのに。

――(笑)僕も行ったことがありますよ。クリスチャン(Kristian Craig Robinson)が案内してくれました。

ああ、キャピトルK。あのクリーチャーのように歩き回るクリスチャンか(笑)今、ずっとナギラの“Mellow Jazz Piano”のプレイリストを聴きながら見てたよ。ナギラやその周りの関係者たちがどんなフィーリングの連中なのか、それから日本っていうのがどんな国なのかとか、いろいろ考えてた所さ。

Kristian Craig Robinson

子どもの頃から、日本には行ってみたくてね。一時期は日本語の勉強もしてたんだよ。ただ、話し相手もいないからもう忘れちゃったし、僕は結構シャイなのかも知れないけど、どんどん人と話すってタイプでもなくてね。でもいつも日本のことは考えてたんだよ。

――TRCにも日本人はいますよね?

ああ、Bo Ningenとかいろいろいるよ。でも下手な日本語で話せる相手じゃないよ、皆クール過ぎて(笑)まあ確かに、喋るべきなんだろうけどね。

――今日はあなたの新しいアルバム『Come with Fierce Grace』についてのインタビューを行いたいと思います。

こんな時代に生きてるだけでも、どんな人でも尊敬に値するよ。それを伝えることが僕の目的さ。よろしくね。

――まず最初にお聞きしたいのが、TCRがあなたにとってどんな場所なのか、ということなんです。

TCRは、まずは一つの建築物であり、コミュニティであり、クリエイティブなミッションでもあるし……あるいは、仕事の美意識なのか、自然というものをカオティックに探求する場所なのか、それとも他には代えがたい真実なのか……

それとも、そこにいる人間たちがはらんでいる真実というものに触れて、僕自身が変化せざるを得ないような場所、という言い方もできるだろうか。

ここは「場所」でもあるけど、僕はそこにいる人たちによって変えられたんだ。その人たちの仕事に対する熱意、人間性、それが僕を変えた……そういう場所だと思う。

――例えばそれはどういう人でしょうか?

僕にとって影響を受けた重要な人物には……シャバカ・ハッチングスヌバイア・ガルシアレックス・ブロンディンザ・コメット・イズ・カミングダナログのような、君たちも知っているような人たちもいる。ダナログに関しては、一緒に仕事をして僕は本当に変わったと思うんだ。一番仲のいい友達でもあるしね。

そういった業界でも名の通った有名人もいるけど、一方では無名なプレイヤーもいるし、TCRにはミュージシャンじゃない人間も出入りしているんだ。そういう人によって、自分の中に火がついたこともある。ただ、そういう人は自分の名前を表には出したくないという場合もあるから、ここでは言えないんだけど……非常に傷つきやすい、繊細なバックグラウンドを持った人たちも大勢いるんだ。そういった人たちがここで互いを支え合っている状況は、僕にとっては他では代え難いtenderness(優しさ)を芽生えさせてくれる。

それから、ジェイミー・ブランチだね。知ってるよね?僕が出会った頃、彼女はニューヨーク・ブルックリンに住んでいた。でも、出会ったのはTCRだったんだ。僕にとってはそういう出会いの場でもある……

それから「自分自身」ともここで出会った、と言えるだろう。自分という人間をここで見つけたんだ。

――なるほど。TRCのミーティング・スペースやレコーディング・ルームは僕も以前見せて貰いました。アラバスターやダナログはそこをほとんど自分の家みたいな感じで使っていますよね。そこではどういう風に人と人が出会うんでしょうか?

人間にはそれぞれ、そこに招かれる理由があると思うんだ。こうやってミツタカもジャーナリストとして、インタビュアーとしてgrace(品)があるから、僕がこういう風に接して欲しい、と思ってるように接してくれている。

TRCで人と人がどのようにコネクトするかについてだけど、僕の場合はまず、ここをスタジオとして借りたんだ。なぜ借りたかというと、スタジオに招きたいと思った人たちがいるから、だね。その人たちが僕のスタジオを通じて、TCRのコミュニティと関係を持っていく、そういう流れが出来たんだ。

――つまり、あなたもTRCのコミュニティの一員で、そのコミュニティに人を招き入れる役割を持っている、ということだと。一方で、あなた自身はどのようにそのコミュニティに招かれたのでしょうか?

僕としては、そういう役割を自分も持っていると思いたいけど、役割としてそれを意識しているかというと、そうではないんだ。単純にここにたどりついた理由も、お金がなかったから、っていうのもあるし(笑)

でも僕という人間は、人を集めたり、人と一緒に何かをやろうっていうことを、意識してやっていかないと、その反対側に行ってしまう、つまりすぐ一人きりになってしまう性質なんだと思う。

人々が自然な意志で、自分はこうありたいんだ、という気持ちを持ってこのコミュニティに入ってきて、そのまま一緒にやれる、歓迎されてると思える環境を僕が作っていくこと……それは意識してやってるよ。

8年前にマンチェスターからロンドンに出てきた時、僕は他に二人の人間と一緒に出てきたんだ。それぞれ自分の仕事場を探していたんだけど、二人の内の一人がTRCを見つけてきた。それでTRCに行って、人々が喋っている様子を見て「ここは他の場所とは何か違うぞ?」と感じたんだ。他の、いわゆる「スタジオ」は人間味もない、ただの作業をする場所でしかないけど、TRCには遊び心というか、ちょっとふざけたような、いい意味でも子どもっぽさみたいなものがあったんだ。それが僕にとっての決め手だったね。

僕の言っていることが伝わっているから、ミツタカも笑ってくれているようで嬉しいよ。

◎チャーチ・オブ・サウンドのこと

――もちろん、伝わっていますよ!それからTRCとも関係が深いチャーチ・オブ・サウンドについても聞かせて欲しいです。あなたも出演してますよね。

さっき話した、マンチェスターから一緒にやってきた二人が、チャーチ・オブ・サウンドのクルーになっていたんだ。それが僕もこのイベントに加わる流れになったんだ。チャーチ・オブ・サウンドに関わっている人たちのエトスというか、優先事項というか、そういったものはわかりやすく伝わって来る訳じゃなくて、よく観察していると、微妙な所から少しずつ見えてくるようなものなんだ。

例えば、お金が目的でやって来た人がいたとしたら、それはすぐにバレてしまうだろう。そして逆に、もっと深い何かを求めてやって来ている場合でも、すぐに分かるものなんだ。

チャーチ・オブ・サウンドは演者が円形になって、誰が中心でも端でもない布陣で演奏する。僕の「ピーチ」というコンセプトもそれを踏まえていて、向き合って、お互いを「発見」し合いながら音楽を作っていくっていうやり方なんだ。

TRCという場所があって、人がいて、コミュニティがあって、チャーチ・オブ・サウンドのようなイベントがある……皆が別に、有名になりたいからやっている訳じゃなくて、自分が何故これをやるのか、深い所で考えながらやっている人たちが集う、そんな場だと僕は思ってる。

このインタビューを読んでる人たちも、会場に来てくれさえすれば、僕の言ってることはすぐにわかると思うよ。

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