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interview Julian Lage:ビル・フリゼールとのコラボ、ジョン・ゾーンとの活動を語る(9,500字)

今や世界最高のジャズギタリストであり、最もオルタナティブなジャズギタリストであると言っても過言ではないジュリアン・ラージ

彼はひたすらコンスタントに作品をリリースしているアーティストでもある。2010年以降は、ほぼ毎年のようにアルバムをリリースしていて、その間には様々な客演も行っていて、彼の参加作品は膨大な数になりつつある。自作ではリリースごとに新たな側面を見せてくれるようなチャレンジを行っているし、あれだけ個性的なプレイをするにも拘らずどの作品に加わっても絶大な貢献をしている。ジュリアン・ラージはとんでもない領域に到達している。

そんなジュリアンは2021年にブルーノートと契約してからすでに『Squint』『View With A Room』『The Layers』の3作品をリリースしている。それぞれにこれまでの作品からは聴こえなかったサウンドが鳴っているうえに、近年は成熟さえも感じるようになってきた。フレッシュなチャレンジと成熟が同居し始めている。どこかオーセンティックな風格さえ漂いつつあり、新たな魅力を感じ取っているリスナーも増えているのを感じる。

また近年はジョン・ゾーンが運営するTzadikでも多くの作品に関わっている。ネルス・クラインとの共演作でフリージャズ的なアプローチの片鱗を見せていたこともあるジュリアンだが、一過性のものではなく、さらに深くかかわっているようにも思える。

実は僕はジュリアン・ラージに取材するのはかなり久しぶりだった。なので、ここ数年のことをまとめて聞いてみることにした。

後半には「ジュリアン・ラージが語るジョン・ゾーン」もたっぷりある。ジョン・ゾーンの音楽がまた新たな意識で楽しめるきっかけになるような気もしている。

取材・編集:柳樂光隆 | 通訳:川原真理子
協力:ユニバーサルミュージック

◉『Squint』とスピーチ・メロディ

――少し前なんですが、2021年の『Squint』について疑問があるので質問させてください。あなたは「人のはなしことば」から演奏のインスピレーションを得ようとしたと話していました。すごく面白いアイディアです。それってライヒバルトークヤナーチェクらがやっていたスピーチ・メロディという作曲法とは関係ありますか?

もちろん! ほとんどのミュージシャンは一度は「話し方の抑揚(cadence of speech)」について考えるはず。当然、自分の声を使って歌うソングライターは、それをしょっちゅうやっているし、多くのインストゥルメンタル・ミュージシャンからもそんな話を聞いたよ。これはトレーニングとしてやるんだ。大学でもエクササイズとしてやったからね。話し方の勉強をすると、そのパワーを感じるんだ。四分音符や八分音符だけで音楽を学ぶと、テンポは厳格なものになる。でも話し方は不規則でパーソナルで特異なものだ。だからこれも学習の一環だよ。

『Squint』の頃、僕はそれをもっとやって深く掘り下げようとしていた。メロディによっては、理論上正しいテンポのものよりも話と一緒にやった方がコミュニケーションが図れることがある。「なぜ自分は不規則なものにそんなに惹きつけられるのか?」がずっと疑問だったんだ。話し方に目を向けたのは、その疑問を深く掘り下げるための1つの方法だったんだよ

◉『Squint』とサーフ・ギター

――これは前回の来日時にあなたのライブを観て感じて、その後、『Squint』を聴いても思ったことだし、パンデミック前に日本で観たライブでも思ったことなんですが、あなたはディック・デイルを想起させるようなサーフミュージック的な演奏をしますよね?あなたにとってサーフミュージックはどんなところに魅力がある音楽なのでしょうか?

サーフミュージックは、50年代後半から60年代に始まった。サーフ・カルチャーは、映画やテレビで人気があったんだ。そして、サーフミュージックはエレクトリック・ギターの機材やサウンドの新しい波と同時に起こったんだ。

ディック・デイルはフェンダーを使った第一波の人ではないんだよね。ジミー・ブライアント(Jimmy Bryant)らのカントリー&ウェスタンの人達がそうだったけど、突然100ワットになって、ギターの音が大きくなりブライトになったんだ。

僕にとって、サーフ・カルチャーはエレクトリック・ギター・カルチャーと同じものなんだよね。サウンドが似ているんだよ。それに子供の頃、あの音楽を聞くとスティール・ギターも聞こえてきた。僕はそんなによく知っているわけではないけど、自分がスライドをやると、ディック・デイルやサーフミュージックと関連性があるなって思うんだ。調べてみると、それは完全にその通りで、それが楽器の歴史、テクニックの歴史だったんだよ

――なるほど、カントリー&ウエスタンから連なるエレキギターの進化の歴史としてサーフギターをとらえていると。となると、リンク・レイみたいなギタリストにも関心があったりしますか?

もちろん。彼を聞いたのはずっと後になってからだったけど、リンク・レイは素晴らしかった。僕が聴き始めたのは2年前で、すごく遅いんだ。彼は本当にすごいよね

◉『View with A Room』と『The Layers』

――では、次は『View with A Room』のコンセプトについて聞かせてください。

このアルバムはホルヘ・ローダーデイヴ・キングの僕のトリオに、ビル・フリゼールのリズム・ギターが加わって変化したものなんだ。曲は簡潔でメロディックで、どれも似たような感情の気質がある。希望があって、とても美しい。3曲はビル抜きのトリオなんで、そこでの方がトリオのインタラクティブな資質が出ている。ビルが参加すると、音楽のオーケストレーションの側面がもっと出ているんだ

――ジャケットもそっくりで、メンバーも同じな『The Layers』のコンセプトはどうですか?

同じレコーディング・セッションからのものだけど、『The Layers』の方がよりアトモスフェリックな音楽になっていると思う。『View with A Room』はもっと簡潔で、『The Layers』はむしろ心象、景色なんだ。あまり形式ばっていなくて、グループとしてのフリー・インプロビゼーションが多い。トリオにビルが加わって、『The Layers』での方がさらに溶け込んでいると思う。また、彼のアコースティック曲が入っている。まずトリオの曲が3つあって、アコースティックの3曲のうちの1曲はホルヘ・ローダーとのデュエットで、1曲はビルとのデュエット、そしてもう1曲は2本のアコースティック・ギターが入った4人全員によるものなんだ

――『The Layers』は、元々後から出そうと思ってた音源ですか?それとも、後から出そうと思ったのですか?

最初から僕は、アルバムに必要以上の数の曲をたくさん書いていたんだ。そして、音楽には少なくとも2つの強力な方向性が打ち出されていることに気づいていた。ひとつは曲主体で、もうひとつはよりアトモスフェリックだったんで、僕としては全てをレコーディングして、どっちを先に出すべきか見てみたかったんだ。全てをひとつにまとめるというアイディアもあったけど、それだと最強の物語にならないと思ったんだよ。というわけで、最初から2つの流れの音楽があったんだ。そしてスタジオに行くことによって、どっちを先にして、どっちを後にすべきかが判明したんだよ

◉ビル・フリゼールとのコラボ

――ビル・フリゼールの参加は大きなトピックです。ビル・フリゼールを起用した理由を聞かせてください。

ビルのことは長年知っていてね、彼は僕のヒーローだし親愛なる友達でもある。で、トリオを拡張しようと思っていたけど、誰がいいかはしばらく決められなかった。でもビルのことを考えた時に、これこそまさに僕が求めていた人だと思ったんだ。彼とは親しいし、これまでも多々一緒にやって来た人だから、紛れもなく僕の音楽ファミリーの延長線上にいる。これまで僕たちは何度も共演して、ジョン・ゾーンの音楽をたくさんレコーディングしてきた。アルバム5~6枚はあるんじゃないかな。チャールズ・ロイドのバンドでも一緒だったし、デュオ・ツアーもやったけど、レコーディングはこれまでジョン・ゾーンの音楽以外はなかった。それで、ビルと僕にとってもっと馴染みのある音楽の側面を見せるいいチャンスだと思ったんだ。興味があるか彼に訊いてみたところ、彼はとても興味を持ってくれた。そういうことで、ほんの2~3日かけてさくっとセッションを行なったんだ。とても満足しているよ

――作曲家でもあるあなたが『View with A Room』『The Layers』のために書いた曲の多くはビル・フリゼールの音楽性と深く繋がっていると想像します。ビル・フリゼールのオリジナリティを生かすためにどんな作曲をしたのでしょうか?

うまくやれたかどうかはわからないけど、人としてのビルを考えたんだ。どんな音楽だったら彼を招いてプレイしてもらうことに僕自身も誇りを持つことができるか考えたんだ。

まず、レコーディングの前日、最初のリハーサルでいろんな曲をやってみた。そして、僕の疑問に対する答はその時出たんだ。ビルが参加していない曲も含めてね。ビルは「これは素晴らしいと思うけど、これにはもう1本のギターは必要ないよ」とか、「これは、ジャズマスターでトレモロを使って僕がプレイする必要があるな」とか、言ってくれた。だから、全ての決断は彼と一緒に行なったんだ。僕としては、彼が何かをやらざるを得ないようにガチガチに固めるのではなく、彼が自由に貢献できるような曲を作るよう心がけることにしたんだよ

――ギターってそれぞれが使っている個体も違うし、アンプやエフェクターなどでも変わるし、弾く人の技術によってもサウンドが変わります。ビル・フリゼールが参加するということは、彼の個性的な音色やサウンド、音響的な効果なども考慮して、作曲をすることもあるのでしょうか?

もちろんそうだね。彼と僕が一番よく話をしたのはそこなんだ。「彼はフェンダー・サウンドのギターを弾くべきか?」「もっと変わったギターを弾くべきか?」といったことについてね。一緒に弾くことが多くて、2人ともテレキャスターを弾いていたんだけど、音はそれぞれまるで違っていた。だから彼がどれを弾こうが、違う音になるという信頼があったんだ。音楽については、彼はフェンダー向けのものを選んだんじゃないかな。このアルバムで僕はテレキャスターを弾いていない。僕はコリングス(Collings)ってギターを弾いているんだけど、アルバムにはグレッチフェンダーがちょっとずつ入っている感じがする。僕がやっていないところのギャップをビルがかなり埋めてくれているんだ。面白いよね。ビルは素晴らしいよ

――ビルからの提案って話がありましたけど、こういうギターを持って来て欲しいとか、こういうエフェクターを使って欲しいとか、こういうアンプを使って欲しいとか、あなたからビルにリクエストはしたんですか?

ほとんど彼に任せていたね。彼が全てを僕に提案してきたんだ。彼は「ジャズマスターがいいと思う」「バリトン・テレキャスターは素晴らしい」「普通のテレキャスター、古いギブソンJ-45」と言った。僕は彼がどういったものを持っているのか知っていたけど、僕はただ「そうだね、素晴らしい音だ」と言えばそれで良かったんだ

――ビル・フリゼールは演奏者としてだけでなく、独自の音楽観や歴史観をもとにしたコンセプトで作品を作るアーティストです。その部分で、彼とあなたには通じる部分もあるように僕は思います。これまであなたが彼の作品から学んだもの、インスピレーションを得たことなどがあれば教えてください。

ビルは熟練したアーティストなんだ。”真のアーティストがたまたまギターを弾いている”ってこと。あれだけ明確な聴く感覚と好奇心と共感力と支えを持っている人のそばにいられるなんてね。ビルは何に対してのエゴもない。策略なんてないんだ。そんな彼のそばにいれば、もちろん影響されるよ。彼にインスパイアされると、僕は自分の中にある資質をもっと洗練させたくなる。あれだけの素養がある人に心を動かされずにはいられないよ。励みになるし、支えになる。僕をやる気にさせてくれる。そういったものを彼からもらったと言えるだろうね

――ビル・フリゼールは「アメリカ音楽の歴史」にすごく興味がある人だと思うんですけど、それはあなたも同じだと思うんです。その部分についてはどうですか?

確かにそうだね。彼はコロラドで育ち、僕はカリフォルニアで育った。もちろん世代は違うけど、僕たちが育ったところではフォーク、カントリー、クラシック、ジャズ、ブルースと、アメリカ全土の音楽を経験できる。恵まれた土地なんだ。というわけで、僕たちは似たような文化的環境の下で育ったんだよ。あとギタリストだということで、すごく多様な音楽を知ることになった。これは誰もが知っている楽器だからね。僕たちは研究者であり生徒なんだ。音楽を勉強することに人生を費やしてきたんだよ。だから確かに共通する部分はあるよね

◉スティール・ギターへの関心

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