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小林径さんのミックスCD『Whole Lotta Shakin' Goin' On』を聴いたこと

渋谷にBar Musicという店がある。選曲家でDJでもある中村さんのお店なので、選曲がすごく良いし、店の雰囲気も素敵で居心地が良いので、とても気に入っている店だ。そこにはDJブースがあって、ふらっと寄ると誰かがDJをやっていたりもして、それが大抵いい感じなのも良かったりする。

ある時に、ふらっと寄った時にあまりあそこでは聴けないようなえっらいエッジのきいた、それでいてイチイチいい曲をかけているDJがいて、なんか今日はいかれたやつがDJやってんなーとか軽口を叩いていたら、そのDJが小林径さんだったことがある。あのRoutine Jazzとかで知られているジャズDJの人がゴルジェとかジュークとか、デジタルクンビアみたいなのとか、民族音楽系のジャズとか、電子音響ノイズすれすれのエレクトロニカみたいなのをかけていて、どうしちゃったんだろと思って記憶に残っている。

いつのまにか小林径さんは《おしゃれなジャズDJ》みたいな人ではなくなって、こういう路線の選曲をする機会が増えていると友人から教えてもらった。

その時に思い出したことがある。2006年に新木場のagehaであった『the SHAPE of JAZZ to COME』というイベントのことだ。このイベントのプロデューサーが小林径さんだった。

出演者はだいたいこんな感じ。

Joshua Redman Elastic Band
菊地雅章 The Slash Trio
Nicola Conte Jazz Combo
Moodyman
菊地成孔クインテット・ライブ・ダブ
渋さ知らズオーケストラ
Soil & Pimp Sessions
fujiwara daisuke quartz-head
quasimode

これにいわゆるクラブジャズ系のDJやジャジーヒップホップ系のDJが加わるという感じだったと思う。クオシモードがメジャーデビュー直前で、クラブジャズに最も勢いがあったころといってもいいかもしれない。

僕が見たいミュージシャンも沢山出ていたし、このイベントに遊びに行ったんだけど、このラインナップを見た時の率直な感想は「小林径っぽくないなぁ」だった。特にジョシュア・レッドマンとかね。

それから10年経って、2016年にbar musicでのDJを聴いて、あの時に小林径さんが何をやりたかったのかとか、そもそもどういう人なのかとかがようやくわかって、全部納得したのだった。

このミックスCD『Whole Lotta Shakin' Goin' On』は決してジャズではない。hair Stylisticsから始まり、Traxmanへと繋がる並びだけ見ても、それはわかるだろう。

ただ、この選曲がジャズに造詣の深い人だからこそ、というよりも、長い間、どんな形であれジャズないしジャズ的な音楽をずっと追っている人だからこそできるものであることもよくわかる。そもそもジャズを聴いていないと触れることのない音楽がいくつも詰まっている。

というよりもDJでかけるため、躍らせるためというような観点からは到底出会わないようなジャズの新譜が入っていることに驚く。

シカゴのジャズ/インプロシーンのドラマーMakaya McCraven

イスラエルのジャズシーンのドラマーでアヴィシャイ・コーエンとも共演するSol Monk

ヨーロッパのジャズシーンで人気のストレンジでエクスペリメンタルかつエンターテイメント系のジャズ・オーケストラ Andromeda Mega Express Orchestra

こんなのがミックスされているわけだ。

しかし、それをジャズとしてプレイしているというよりは、ここに収録されている様々なジャンルの音楽との共通点を見出して上手く接続させているというDJとして実にまっとうなというか、王道のプレイをしているというのがこのミックスCDの最大の魅力だろう。

小林径という人は、ジャズで踊る~レアグルーブ~クラブジャズというようなジャズのイメージで括られている。その頃のそういったDJ目線のジャズ観はそれまでのスイングジャーナル的だったり、ジャズ喫茶的だったりするジャズの聴き方とは全く違う聴き方で、ある種のパンク的な行為だったはずだ。音楽の聴き方の価値の転換という意味では、その頃はそんなジャズとの接し方はめちゃくちゃ刺激的で、先鋭的な雰囲気さえあったかもしれない。

小林径さんはきっとそんなジャズとの刺激的な付き合い方みたいなものを20年以上、ずっと模索し続けてきた人なんじゃないかとこのミックスCDを聴いて思った。

『the SHAPE of JAZZ to COME』が開催された2006年はクラブジャズにものすごく勢いがあった時代だ。その頃、メインストリームのジャズは刺激的ではないと見られていた。ただ、ジョシュア・レッドマンやブラッド・メルドー、カート・ローゼンウィンケルが行ってきたことは現在のジャズに大きな影響を与えているものすごく大きなもので、その動きがロバート・グラスパー以降の現代ジャズシーンの隆盛を準備したのは言うまでもない。

とはいえ、そんなジャズの動きはDJカルチャーとは全く接点がなく、現代ジャズの大きなうねりは埋もれていたとも言える。そんな時代にも関わらず、Joshua Redman Elastic Bandを招致していた小林径さんは慧眼というよりも、ジャズの流れをきちんと見ていた、ということだろう。

ジョシュア・レッドマンがサックス&オルガン&ドラムのベースレスのトリオでオルガンにベースラインを弾かせて自由な即興演奏とグルーヴの関係を追及していたこのバンドを改めて聴いてみると、今のジャズシーンにもたらしたものの大きさが一目瞭然だ。躍れるか否か、クラブ系のミュージシャンと接点があるかどうか、みたいなことではなく新しいジャズの動きが見えていないとこのバンドの意味は見えてこない。というよりも、レアグルーヴ目線のオルガンジャズをプレイしていた小林径さんが、それとは音楽的に全く違うこのジョシュア・レッドマンのオルガンジャズ・プロジェクトを評価していた柔軟な耳に僕は驚いた。要は《DJ的に使える/使えない》ではなく、きちんと《聴いていた》のだ。

今の小林径のDJを聴くと、『Whole Lotta Shakin' Goin' On』にも収録されているような新しいジャズはもちろんのこと、デヴィッド・ボウイの遺作『★』の謎のリミックスをかけたり、突然ジャングル・ブラザーズをスクリュー(※レコードの回転速度を異常に落としてサイケデリックな陶酔感を生み出すDJの手法)させてみたりと、なかなかすごいことになっている。

僕はそのDJを音楽リスナーとしても楽しんでいるけど、同時にジャズリスナーとしての耳も発動している。それはおそらく原雅明さんが昔よく言っていた「Jazz Not Jazz」みたいなものを聴きとっているからかもしれない。このミックスCDに入っている音楽は正に「ジャズじゃないジャズの在処を伝えてくれる音楽」そのものかもしれないと思う。僕らがまだジャズがどうとかよくわからない頃に、ジャーマンロックとか、シカゴ音響派とか、IDMとか、アブストラクトヒップホップを聴いて「なんだかわからないけど、ジャズのスピリットがある気がする!」みたいなことを感じていたころの気持ちを思い出させてくれる選曲でもある。

選曲そのものが文字のない批評になってしまうようなCDだとも思う。というか、批評性を纏ってしまうDJという行為を素直にやっているということなのだろう。

僕はきっと小林径がプレイするジュークやエレクトロニカからジャズを聴いている。

そういえば、実際にお会いした小林径さんという人は《ピュア》な人という感じだった。ピュアな人が素直にDJをしたものが入っているCDという感じなのかもしれない。

小林径という人は、レアグルーヴ~クラブジャズのころから、ジョシュア・レッドマンやムーディーマン、菊地成孔をイベントに呼んでいたころから、今まである意味で全く変わっていない人なのかもしれない。《ジャズを感じる今、面白い音楽を探して、踊れる曲も踊れない曲も自分なりにプレイしているDJ》という意味で、実はこの人は本質的に真っ当な《ジャズDJ》なんだろう。

ちなみに『the SHAPE of JAZZ to COME』というイベント名はオーネット・コールマンの同名のアルバムから取られている。邦題は『ジャズ来るべきもの』だ。

■Kei Kobayashi / Whole Lotta Shakin' Goin' On(SMR Records)





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柳樂光隆
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