女性に生まれたという事:2--関西の女--

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しかしその事から数年が経過したある日の事だった。

その日私はインターネットを介してある心を許していた友人と話しをしていた。
彼女は関西圏の女性で、少し私の常識外の世界で生きていたと思う。何を収益にしているのかがさっぱり話しを聞いていても分からなかった。


しかし、その後彼女はいわゆる「ネトウヨ」というものになり、スピリチュアルを信じ、占いを信じブームのように人に及ぼす精神的な問題を自分が常に抱えると言うようになった。当時、同じような問題を抱えている人達にはそうゆう方向性の人が多かった。そのため自分はつかず離れずの距離感を常に維持していたとも思う。

それらを否定したり誹謗する気は無いがその価値観を日常の会話の中でも押し付けられるのは煙たかった。
そもそも自分は自分を信じる事もあまり出来ないタイプだったので、根拠の無いものを盲目的に信じるという行為に共感がもてなかった。
それに過去に強い原理主義を主張するカルト宗教団体に高学歴な人々が沢山入信していった事件を目の当たりにしてもいた。

医師の診断もなく自称するメンヘラーや発達障害等ブームが起きれば全ての症状を常に自分に当てはめて語ってくる。
そしてそれを繰り返し続ける。


中でも辟易したのは少しでも政治の流行のトピックの話しをすれば根拠を示さずにまるで井戸端会議のように

「○○氏は○○だって。」

等色々な噂話のように長い彼女の主張を聞かされた。(それがマウントだったという事に後々気づくのだが…。)

「出どころはどこなのか?」

と質問しても満足の行く答えは帰って来ない。

「サピエンス全史」というまだ読んでもいない本の書評を思い出した。


「ウソかも知れないものを信じる」といった能力が人類を発展させた要因」


日々の中にこうゆう事は多く存在しているのと思わされる。


しかし、今思えばそうなのだが、当時私は彼女を信じていた。
同じ問題を抱える同士のように感じていた。
そもそもの出会いがそうした問題を抱える人々の集う掲示板でもあったからだ。

そしてやはりというかやっぱりある事がきっかけとなりその人とは結局連絡を取らなくなった…。

私は自己防衛本能がとても強いので、彼女のブログや彼女の書き記していた場、作っていた何か等知っているものは今でもブックマークしている。見る事は無いのだが、何かが起きる前ぶれ等を察知する為にそうしている。

そうする事で安心出来るのだ。


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