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最適な家族なんて存在しない【第6話】 過去の人

フリーライター・早島チサ43才、独身。政府主催の親子マッチングプロジェクトに不正があると疑い、参加することで真偽を確かめようとした。「親」としての役割が振り分けられ、17才の少年との共同生活がはじまる……はずだったが、そうはならなかった。

なぜなら「息子」として指定され、「家」で待つ保取コウジは、もうすぐ還暦を迎える男だから。

思い出しちゃったよ、その二。

 綿貫サブローがテレビで活躍した時代は、今からだともう30年前にもなる。当時中学生のチサは父の転勤で台湾にいたから、年齢的にはドンピシャ世代でも、テレビ番組は全く見れていなかった。

 でも海外進出したばかりの紀伊国屋で、チサは毎月の小遣いをためて買ったマンガやアニメ雑誌を読んでいた。『アニパロコミックス』と『ファンロード』を定期購読するほどに、ごった煮のような雑誌を読むのが好きだった。

 あの頃のチサは雑誌に載せた文章をすべて読んでしまう、かつ覚えるまで繰り返して読む習性があった。綿貫サブローがゲーム週刊誌に連載していたコーナーも、めくるめく楽しい読み物のひとつとして、毎号欠かさずに読んでいた——書き手の存在を認識していなくて、もちろん名前を覚えようとする意識もなかった。

 ちょっと浮いている、でも不思議に考えさせられる、面白いストーリーコーナーがあるなぁ——との具合。

 大学を卒業して東京に戻り、荻窪の制作会社で働き出した。台湾での放送を見てから、ずっと気になっていた古い日本ドラマのノベライズを新古書店で手に取った時、チサはようやくその名前を知って、昔の読んだストーリーの数々とつながった。

 仕事の合間にネットで調べてみたら、いままではテキストだけで、あるいは脳に語りかけてくるだけの、高次元で生きる知的な生命体みたいな存在が、ちゃんと三次元空間にいて人間の形もしていると確認できた。20年以上も前の子供向け番組の中ではいじられキャラ扱いのようだが、別の番組でコメンテーターのポジションで話していたり、どちらかというと評論家としては有名らしい。

 有名だったらしい。

 ぼちぼちエッセイ集も小説も出してて、アニメ化や映画化した作品もあったが、なぜかどれも絶版した。

 出版社や制作会社と仲悪いのかな——などと素人的な勘ぐりをしつつ、新古書店で見かけたら買う作家リストに入れた。

 カテゴリは「過去のお気に入り」。

 過去の。

 だけど、とても大切な——

 ◇

 なぜこんな状況で初対面。

 なぜこの人が。

「小説も読みましたよ。ショートショートも長編も。あとノベライズ。ちなみにショートショートの世界は星新一から入ったのではなく、綿貫さんからになります」

「それはそれは。恐縮です」

 会話のつかみどころの無さに少々イラつきはじめた一方、おそらくそれこそがコウジの意図だと、チサは気付く。

 何のための意図だとは読めないが——単刀直入していこう、と。

「どうしてこんなことをするのですか」

「こんなこと、というのは?」

「サバ読み……虚偽な内容で、親子マッチングプロジェクトに申し込んだことです」

「いけませんか」

「なぜいけると思いますか」

「実際いけましたから」

 まさかマッチングまでいけるとはね、と——確かに、あのマッチングシステムはいかにザルだと、チサ自身もすでに実証済み。

 しかし。だからと言って——

「考えたことないですか? 何か事情を抱えて親子マッチングに参加し、これでようやく新しい家族、17才の息子ができると楽しみにして、あなたに会いにきた女性の気持ちを」

「あなたの今の気持ちはどうですか」

「私の気持ち……? そんなの、どうでもいいでしょう」

「まあ、それですね」

 驚いて目を見張るチサは口を強く結んだ。かたやコウジは依然とした余裕で微笑む。

「それを言うと、ぼくだって、今度こそまともな母親に会えると思い、楽しみにしていたかもしれませんよ」

「えっ?」

「しかしロクなのがきません。来る女来る女みんなヒステリック……まあ、早島さんは今のところ、まだなんとも言えませんが」

 ふっと、チサが閃いた。もしかして玄関に踏み込んでからすでに「テスト」がスタートした——何かを、見定めようとするための。

 人間の、あるいは女の醜さとか、見定めようとするための。

 目的はわからないけど、とにかくイラついて暴言を吐いたら思うツボだ——そうさせるかと、チサは少し黙りこもうと決めた。

「……それはいいとして」

 しばらくして、コウジのほうから口を開いた。

「そもそも、最適な家族なんて存在しないでしょう? AIでマッチング云々だというのが、すべてインチキですよ。ほら、現にあなたはもう、ぼくのような息子が自分に振り当てられたのについて、たいへんお気に召さないのでしょう?」

 まるで剥がせない微笑の仮面で真意を隠したまま、コウジが問いを投げつけてきた。

 刺々しく——毒々しい。

同情するなら金をくr……あ。いいえ、なんでもないです。ごめんなさいご随意にどうぞ。ありがとうございます。