最適な家族なんて存在しない【第5話】 たて糸

フリーライター・早島チサ43才、独身。政府主催の親子マッチングプロジェクトに不正があると疑い、参加することで真偽を確かめようとした。「親」としての役割が振り分けられ、17才の少年との共同生活がはじまる……はずだったが、そうはならなかった。

なぜなら「息子」として指定され、「家」で待つ保取コウジは、もうすぐ還暦を迎える男だから。

思い出しちゃったよ、その一。

 本やネットサービスのプロフィールならともかく、初対面の人への自己紹介に「小説家です」や「漫画家です」とセットで名乗るのがたいていカッコ自称、あるいは売れないほうとの言われがある。

 チサも一応、出版業界に片足を突っ込んでる人間なのだが、目の前に言われたのがはじめて。少ながらず動揺した。

 とりあえずコーヒーでも飲んでごまかそうとしたら、コウジは続けて言った。

「自己紹介してくるとは、はじめてのパターンですね」

「そうですか」

「毎回コーヒーを出しますが、出されたコーヒーを飲んで、『ありがとう』と言ってくれるのもはじめて」

「おいしいものを頂いたら、感謝するのが普通だと思いますが」

「それが普通じゃない人が案外多くてね」

 角砂糖をまたひとつ。ほぼコーヒー風味の砂糖水になっている。

「聞かないんですか」

「何がですか」

「聞きたいこといっぱいあるのでしょう」

「確かに……では、年齢をお伺いしてもよろしいですか」

 コウジは目を丸くして、五秒ほどチサを注視した。それからまた角砂糖を入れはじめた。ティースプーンでかき混ぜながら、少しはにかむように笑う。

「年齢はちょっとサバ読みしましてね」

 アラフォーのチサから見て「おっさんだ」というのが、サバ読みの幅は相当なものだ。

 老けて見える年下かタメだとの可能性もあるが、普通にアラフィー——いや、下手すると60代かもしれない。

 湧き出る仮説をチサは吟味するや検証する間もなく、すかさずコウジは言った。

「57才です」

 神をも恐れぬ仕業。

 よくもそんなことを。

 サバもサワラもなくサギなんだよ、この罰当たりな——と、喉まで上がってきたセリフを、チサはまた口を結んで呑み込んだ。

 けど——やっぱり。

 こんがらかった頭の中から、経糸となる一本が掴めた気がする。纏められそうなわずかな情報をつないできたら、チサは改めて。

「ご活動は芸名かペンネームでですか?」

「はい?」

「保取さんは本名でしょう」

「そうですね。お察しが良い、基本ペンネームです。保取は本名で、ほとんど使いません」

「やっぱり」

 間。

 ——言わんかいっ!

 ——この話の流れだと、続いてはそのペンネームを提示してくるのだろう普通っ! 自己顕示欲が高いのか低いのかがわからなくなるんじゃないか!

 と。ズッコケる気分を取り越してツッコんでしまうチサ。もちろん心の中で。

「綿貫サブロー、さん。ですね」

 切り出したのはチサのほうだった。

 ティースプーンで砂糖水をかき混ぜる手が止まる。大きく見開いた目はギロっと三白眼となり、びっくりしたように、睨んでるようにも見える。

「……お若いのによくご存知で」

「本名までは知らなかったのですが、テレビで見てました。ゲームランド」

「ああ、お歳からするとドンピシャ世代ですね」

 口調は柔らかく、しかし表情が硬い。

「番組はリアルタイムではほとんど見れませんでしたが、YouTubeでいくらか拝見しました……お変わりがないのですね。あとゲーム雑誌での連載、えっと、評論や分析記事などはリアルタイムで読んでました」

 チサはウソをついた。お変わりないと言うけれど、前にYouTubeで見た、彼が子供向けゲーム番組で出演した頃の映像からすると、だいぶ歳は取った。髪の量は同年代と比べると間違いなく多いが、昔と比較したらさすがに薄くなった印象は否めない。

 なにせもう30年も前になる頃だから。

同情するなら金をくr……あ。いいえ、なんでもないです。ごめんなさいご随意にどうぞ。ありがとうございます。