最適な家族なんて存在しない【第8話】 インタビュー
フリーライター・早島チサ43才、独身。政府主催の親子マッチングプロジェクトに不正があると疑い、参加することで真偽を確かめようとした。「親」としての役割が振り分けられ、17才の少年との共同生活がはじまる……はずだったが、そうはならなかった。
なぜなら「息子」として指定され、「家」で待つ保取コウジは、もうすぐ還暦を迎える男だから。
たぶん理想な関係。
事態が急転する——まではないが、チサが大きく切ってくるカーブに、コウジは少しばかりついていけなかった。数秒程度だが、顔から微笑みが消えた。
あくまでも数秒程度。
焦点の合わない目をぱちくりさせて、怒りとも驚きとも言えない、あたかもスイッチが切られたロボットの無機質な表情で、数秒ほどフリーズした。
体も首も動かないまま、虚空に向けた目線をゆっくりとチサの顔へと移し、コウジが再び笑った——口の端が裂けるのではないかと心配するほど、口を大きく開いた、ピエロのような笑みで。
「早島さんって、変わった人ですね」
これまでと全く違った、低い低いトーンで、コウジは言った。
「ええ、よく言われます」
チサは椅子に背をあずけ、みぞおち辺りに両手を組む。プライベートでそんな表情で睨まれたら落ち着かないかもしれないが、仕事モードで臨むと、不思議にリラックスできる気分——楽しみさえ感じてしまう。
——ホント、面白い。
「……わかりました。取材ならお受けいたしましょう。その前に」
狂気じみた笑顔を収め、コウジはまた微笑の仮面をかぶった。スッと立ち上がり、再び穏やかな口調で、柔らかい声でチサに話しかけてくる。
「コーヒー、温かいのに取り替えしますね」
生ぬるいのだと物足りないでしょう——と言わんばかりに。
◇
話を聞いてみると、チサは七人目の「母」だった。
親子マッチングプロジェクトは去年の春から一年ほどのテスト施行期間を経て、今年の二月十日から正式にスタート。
チサは本施行してからすぐ申し込んだ。四週間後に結果通知メールを受け取り、先週半ばに郵送のスタートキット一式をもらった。案内書の指定された今日、四月一日に指定された「家」、つまりここへとやってきた。
ちなみにここはコウジの仕事部屋。オンライン申し込みフォームの不備を狙い、パソコン通信時代から繋がりのあるハッカーに頼んで、入力欄からデータベースの改ざんできるコードを作成したもらった。
誕生年は参加資格審査の通知がトリッガーで、通知メールの発送と共に書き替えられる。コウジとマッチング成立した相手のデータも確定次第で自動的に改ざんされ、通知メールやオンラインで確認できる「家」はこの仕事部屋になる。同時に郵送用住所も改ざんされ、スタートキットは一旦コウジの手元に送られるようになり、鍵を差し替えてから再発送。
「なじみとはいえ、コードもタダじゃないし、鍵を差し替えも毎回、怪しまれないように急がないといけませんからね。結構たいへんでしたよ」
ハッカーにコードを書いてもらう発想。いや、その人脈、私がほしい——チサもフォームの不備は気づいたが、頼める人がいないので、自分で一から勉強した。
「それはそれは、そちらもたいへんですね」
うす笑いを浮かべながら、棒読みで褒めるコウジ。
それはともかく、申し込みからマッチング相手と会えるのが六週間前後かかるとして、チサが本当に七人目だとしたら、目の前のこの男は——コウジはテスト施行からすぐ申し込んで、マッチング成立する度、何やらの方法で相手との親子関係を即座に取り消し、間をほぼ空けずに再申し込みを繰り返すことになる。
誰になんの恨みがあってこんなことを。
「AIだのビックデータだのというのを見かけたら、まず疑ってみる主義でね」
さっきまでの会話や得られた情報からだと、絶対それだけじゃないようには思うが、チサはインタビューアーとして決して突っ込んではいけないと直感した。ここはやんわりと、添えるだけ。
「そうですね。ベンチャーキャピタルの人もたいてい理解せずに、唱えれば資金が集まる魔法の言葉みたいな感じで使っていると思います」
「2015年、『AlphaGo』がプロ棋士に勝利したことで、人工知能という技術は不必要なまでにカリスマ性が上げられてしまいしたからね。投資者たちも、本当に魔法のように見えているかもしれません。とは言え、この親子マッチングプロジェクトの趣旨から、ディープマインドのDeep Q-Network……もとい、Differentiable Neural Computersを用いては、確かにできなくはないようには見えます」
「一見ばらばらの情報から関連性を見い出し、データの集まりから『共通ルール』を導き出せるAI技術なら、ですか」
「そう、技術のほうはもっともですが、問題はデータのほう」
「データ?」
「早島さんは、しあわせ家族の共通ルールって、存在していると思います?」
コウジは淹れ直したコーヒーを一口すすった——あれ? 角砂糖を入れないのか。
「子供は親のエゴリズムで選択されて生まれてくるんだ。アルゴリズムではどうにもならんよ……そもそも『しあわせ家族』って、なんだと思いますか」
今度はさらりとにがい話——答えづらい質問を振ってきた。